海賊帝国の女神〜6話目「自問自答」〜/米田

よし、塩だ。塩を作ろう!

 

 

と、私は決意したのであるが、では、何が必要なのか?どうすべきか?と、アレコレと思いを巡らした。

 

 

繰り返すが、私は元の世界では一般人である。

 

ついた職種はサービス業だった。

 

つまり、モノ作りとはトント無縁であった。

 

必要なものは、ただ、購入すれば良い。

 

そういう社会に生きて居たのであるから、塩一つ作るにも、具体的に何をどうすれば良いのかなんて、見た事もやった事もない。

 

せいぜい、海水をどうにかするぐらいしか思い付かない。

 

 

そーいえば、前の世界では、塩田というのがあって、海辺に海水を撒いて、天日で水分を蒸発させ、塩を作って居た地方があったと記憶している。

 

その手は使えないのだろうか?

 

それなら薪を集める必要はない。

 

とか思って居たら、いきなり戸口の外が暗くなった。

 

 

「あ、雨になる…」

 

 

私はつぶやいた。

 

 

「左様ですね」

 

 

ウィーギィ爺が応答してくれた。

 

そんなやりとりもつかの間、大粒の水玉が、ポツポツと落ちてきた。

 

そして、ドバーっと盛大に雨が降る。

 

と、思ったら、また水玉ポツポツになり、それも止んで、外は明るくなってきた。

 

 

この世界に来てから時折出くわす、いきなり雨だ。

 

きっとあれだ、これが噂に聞く、スコールというヤツに違いない。

 

元の世界で、イケメンの役者、兼、歌手さんが、ちょっと大きなシャツに袖を通すのどうのと歌っていたヤツだ。

 

 

ああ、これだ。これがあったわ。

 

 

と、私はむぅっとなる。

 

塩田で海水を撒いて、天日で乾燥させようにも、この島ではイキナリの雨が降るのだ。

 

その時、干して居た海水はどうなるのか?…元の木阿弥だ。

 

塩田計画はあっさりボツとなった。

 

 

やっぱり、カメに海水を入れ、ぐつぐつ煮込んで蒸発させていくべきか?

 

そのためには大量の薪が必要だ。

 

薪の元となる木なら、この島にも豊富にある。

 

杉のようなまっすぐ伸びた木は見た事はないが、うねうねくねった珍妙な植物群が生えて居る。

 

 

ただ、問題なのは、水気だ。

 

生木はそのままでは薪にならない。

 

乾燥が必要だ。

 

 

一方で、この島はやたら蒸し蒸しする。

 

その上、集めた木を外に放置しておいても、例のスコールであっさり濡れる。

 

乾燥させるなら、どこか風通しの良い屋内で陰干しするしかない。

 

だが、そんな場所は少ない。

 

だから、島の住人は、必要最小限の薪しか溜め込まないのだ。

 

そして余分が少ないから、ちょこちょこと次の薪の原料集めに出なければならない。

 

 

極めて効率が悪い。

 

 

逆にそこに諦念感があって、ムキになって働く雰囲気がない。

 

ムキになっても、結果に変わりがないなら、そりゃ適当に気を抜いてやるようになるだろう。

 

 

島人の、どこか呑気な雰囲気は、そのあたりに起源があると思う。

 

環境がそういう性質、性格を作って居るのだ。

 

 

うむ。納得した。

 

 

…とか言って居る場合じゃないな。

 

だって、それじゃあ、美味しいご飯が食べられないじゃないか。

 

 

と、寝っ転がって片肘ついて頭を支えながら、私は思考する。

 

 

さすがに喋り疲れたのか、背中側に控えているウィーギィ爺のボソボソラジオも静かになっていた。

 

 

室内がムワっとして来る。

 

 

さっきのスコールの水分が、強い日差しに当たって蒸発しているのだろう。

 

この島が、やたら蒸し蒸しする理由はそれだ。

 

だが、しばらくすると、窓から入ってくる海風が、熱気を追い払う。

 

ちょっとベタベタする感じは残るが、ムワ〜っとした感じは無くなる。

 

 

私は土間の片隅にある、木枝の塊を見る。

 

乾燥中の薪である。

 

この薪を集めて居るのは、オーガ・ティガだ。

 

 

例の私が目覚めた時、私の顔をじっと見つめていた男の子だ。

 

 

もうすぐ出産するチュチュ姐(ネーネ)の代わりに、家の雑用が出来るよう、チュチュ姐(ネーネ)に鍛えられている所だ。

 

歳は7歳らしいが、体が大きく、10歳以上、12、3歳に見える。

 

それを見込まれてハーティが連れて来たらしい。

 

 

連れて来た?…何処から?

 

親とか居ないのかしらん?

 

 

とか、思考が脱線するが、そんな事は塩づくりとは関係ない。

 

 

気を取り直して考えを戻す。

 

今問題なのは彼が持ってくる薪の量だ。

 

 

こんな量では、カメ一杯の海水を蒸発させる火を焚くのは、難しそうだ。

 

 

難しい。

 

難しい…そうだ。

 

 

この量では、カメ一杯の海水を蒸発させるのは難しい。

 

だけど、もっと小さな器に入れて、もっと少ない海水だったらどうだろうか?

 

 

ていうか、そもそも、海水を煮込んで塩にするのだって、詳細は知らない。

 

イキナリ大量の海水で塩を作ろうとして、失敗したらどうすんだ?目も当てられない。

 

ここはちょっとずつ経験を積んで、コツコツやるべきじゃないだろうか?

 

 

おお、なんと常識的な考えだ!

 

さすが大人!

 

私、大人!

 

 

というか、そこまで考えるなら、もっと効率性を考えよう。

 

 

器の形だって問題だ。

 

 

カメみたいな口が窄(すぼ)まった器じゃぁ、水分の蒸発率が悪いじゃないか。

 

もっと、皿のような平たい感じの器の方が効率が良いんじゃない?

 

てか、器の素材はどうよ?

 

この島ではお椀でなければ土器みたいな器しか見た事ないけれど、熱伝導率を考えれば、鉄鍋の方が良いではないか?

 

鉄鍋どっかにないんだろうか?

 

出来れば、フライパンみたいな形がいい。

 

 

「爺(ジージ)」

 

「はい、クィンツ様」

 

 

ウィーギィ爺は間違いなく居眠りしていたらしい。

 

どこか素っ頓狂な声をあげた。

 

私は起き上がって振り向く。

 

 

「クーは、塩を作りたい」

 

 

クーっていうのは、クィンツの頭文字の事だ。

 

幼い私は、自分の事を「クー」と云っていた。

 

本当はサチコっていうサッちゃんと同じようなもんだ。

 

可愛いよね。クーちゃん!

 

 

「塩を作られるのですか?」

 

「うん。」

 

「塩を作るには大量の薪が必要です」

 

 

知ってる。それ、さっきも言ってやん。

 

爺さんていうのは、クドイ生き物なのである。

 

 

「うん。だから、ちょっとの薪で作れるぐらいの塩でいいの。」

 

「左様でございますか。」

 

 

ウィーギィ爺は、顎髭を撫でるようなポーズを取る。

 

何やら考えてくれて居るようだ。

 

 

そもそも、塩を作るといっても…たとえ、それが少量だといっても、4歳児には無理な事が沢山ある。

 

大体どこで、火を起こして、海水の入った鍋を置いて、グツグツ煮込めばいいのか?

 

適した場所もわからなければ、海水を運んで来るのだって大変だ。

 

自動車どころか、馬車すら見ない、というか、そもそも道路もロクもない、道っていうのは、ほとんどが人が一人、二人ぐらいしか通れない幅のこの島では、何かを運ぶには、どう転んでも大人の協力は必要なのだ。

 

 

しかし村人は忙しい。

 

私の相手をして、ずっと側にいるウィーギィ爺を使わない手はない。

 

 

……。

 

 

しばらく顎髭を撫でるようなポーズを取っていたウィーギィ爺は、座った足の太ももに、静かに両手を置くと、こう言った。

 

 

「では、ハーティ様にご相談しましょう」

 

 

あーー。やっぱ、そうなるよね。うん。