海賊帝国の女神〜13話目「母様」〜/米田

家に戻ると、自分の家屋で降ろされる。

 

 

チュチュ姐(ネーネ)が待ち構えて居て、さっき付けてくれた装飾品をバンバン取り去って行く。

 

それから濡れた布が出される。

 

化粧を落とせという事らしいが、布を使うとは贅沢な。

 

顔と腕を拭き終わると、自分で見えない所を、チュチュ姐(ネーネ)がギュウギュウ拭き取る。

 

 

痛い…痛いよ。容赦ないなぁ。

 

 

それが終わると、バサバサと着物を脱がされ、スッポンポンにされた。

 

 

「こちらにお召し替えを」

 

 

いつもの着物…ただし洗濯済みのヤツが出される。

 

大人しく着る。

 

 

で、お昼寝の時間だ。

 

 

眠いのを朝から振り回されたから眠い眠い。

 

さっきまでは興奮していてバッチリだったけれど。

 

 

私は布団代わりのゴザの上にコテンと横になる。

 

チュチュ姐はゴタゴタと後片付けをしていた。

 

私はさっき聞いた事…ハーティが叫んでいた事の意味を確認したくなる。

 

 

「姐(ネーネ)」

 

「何ですか?」

 

「私の名前は何?」

 

「はい?」

 

 

チュチュ姐(ネーネ)は怪訝そうな顔をした。

 

 

「アーク・クィンツ様でございます。」

 

「…じゃあ、私の母様の名前は?」

 

「え?」

 

 

母様…そうだ、この家で、私は母様に会った事がない。

 

というか、居ないのは明白だ。

 

クィンツの記憶の中でも思い当たらない。

 

何故居ないのか?

 

とか、クィンツは考えなかった。

 

最初から居ないのだから、疑問にも思わなかったらしい。

 

他の家族と交流とかあれば、また違ったのかもしれないけれど、クィンツの記憶には、そういうものもない。

 

 

「アーク…クィンツ様にございます。」

 

「…ですか。」

 

 

私は母親と同じ名前らしい。

 

 

「姐(ネーネ)は、母様に会った事があるの?」

 

「…はい。」

 

「どんな人だった?」

 

「とても…お綺麗な方でした」

 

 

ですよねぇ。どう考えても私のような美幼女が、赤鬼のようなハーティ似とは思えない。

 

 

「ふ〜ん。」

 

「……。」

 

「私が母様と同じ名前って事は…もしかして私が産まれた時に、母様はお亡くなりになったのですか?」

 

「…はい。」

 

 

そうだよね。でなければ、ややこしくなる。

 

居なくなったから、その名前を引き継いだのだ。

 

 

「じゃぁさ、姐(ネーネ)」

 

「クィンツ様、もうお休みになられた方が…」

 

「う〜ん。これだけ。」

 

「…なんでしょうか?」

 

「母様の母様…私の婆様の名前は?」

 

「アーク・ハノン様だと聞いています。」

 

「会った事は?」

 

「ございません。私はハノン様亡き後クィンツ様のお相手として、お側に仕えたのです。」

 

「そうなんだ。」

 

「はい。」

 

「じゃぁ…」

 

「今ので最後なのでは?」

 

「今度が本当に最後だよ」

 

 

ちょっとイタズラっぽく微笑んで見た。

 

チュチュ姐(ネーネ)は軽くため息を付いた。

 

 

「父様の母様…の…名前は?」

 

「……」

 

「姐(ネーネ)?」

 

「…アーク…ハノン様です。」

 

 

うっわぁあああ。やっぱりかぁあああ!

 

親父とお袋は、兄姉でやんの!近親婚でやんの!近親婚の子が私なのかぁあああ!

 

私の虚弱体質の原因はそれかぁ!

 

肌が透き通るように白いのも、そのあたりの影響かぁああ!

 

 

「もう、よろしいでしょうか?」

 

「えっと、父様と母様では、どっちが…その、年上だったの?」

 

「…ハーティ様です。…ハーティ様が産まれた後、ハノン様はナータ家に入られ、クィンツ様をお産みになったと伺っています。」

 

「それって、父様と母様では、父親が違うって事?」

 

「はい。」

 

 

はー。よかった。少しは血が薄いよ。

 

ドロドロじゃなくて、ドロってぐらいだよ。

 

ちょっとだけマシか?

 

ちょっとだけだけれどさ。

 

 

「でね、姐(ネーネ)」

 

「ハーティ様」

 

 

チュチュ姐(ネーネ)は明らかに不機嫌な顔をして唇と尖らせた。

 

 

「違うの。違うの。ちょっとだけ気になったの」

 

 

はぁ。と、チュチュ姐(ネーネ)は再びため息。

 

 

「何でございましょう」

 

「兄妹で結婚するって…大丈夫なの?」

 

 

原始社会ではそういう禁忌は無いのだろうか?

 

 

「クィンツ様は…お母様は…」

 

「はい?」

 

「お美し過ぎました。」

 

「は?」

 

「引き合う男は、このエーシャギーク島のみならず、イヤィマの島々全部を見ても見当たりませんでした。」

 

「はあ。」

 

「それこそ、フーズ様か、ハーティ様以外は、お相手の対象になり得なかったのです。」

 

「フーズ様?」

 

「ナータ・フーズ様…その…ナータ家の長男です。ハノン様が入られた家の。」

 

「え?」

 

「フーズ様のお父様のフーク様が、ハノン様のお相手です。」

 

「はい?」

 

 

ちょ、待てよ。どういう事?

 

フーズの父親、フークとハノンがくっついて、私の母のクィンツが産まれた…と。

 

つまり、フークの連れ子がフーズで、それって、結局クィンツ母さんの兄ちゃんって事じゃん。

 

母違いの兄ちゃんが、フーズで、父違いの兄ちゃんがハーティって事か。

 

 

え?

 

 

つまり、クィンツ母さんは、どっちにしろ、兄に当たる人と結婚する羽目だったって事?

 

 

「えーと…姐(ネーネ)…」

 

「はい。」

 

「母様は、兄に当たる人以外、見合う相手が居なかったって…そういう事でしょうか?」

 

「はい。」

 

「その場合、兄に当たる人も、結婚対象になるって…そういう事ですね?」

 

「はい。」

 

「そうなんだ。」

 

 

見合う相手がいなければ、近親婚もやむなし!ってそういう社会か?

 

ふーん。なるほど。ふーん。

 

 

「クィンツ様」

 

「ん?」

 

「クィンツ様も、大変美しく有られます。」

 

 

知ってる。今日鏡で見た。萌え死するぐらいだったから。

 

 

「金色の髪の輝き、白く透き通る肌、失礼ながら、前のクィンツ様以上です。」

 

「そうなのですか?」

 

 

なんか嬉しいな。美人中の美人だよ。むふふふ。

 

 

「はい。…このままでは…その。前のクィンツ様と同じく、引き合う男が見つからないかもしれません。」

 

「ん?」

 

 

引き合う男…が、居れば、結婚…か。

 

いや、考えた事なかったな。

 

でも、この世界で生きて行くとなると、どこかで結婚する事になるか。

 

って、結婚っていうと、あれか…。

 

あんなことや、こんな事を…。

 

男と!

 

せにゃならんて事か?

 

え?まて?まてまて?

 

 

まぁ、引き合う男が居ないなら、結婚しなくていいから、いいのか。

 

 

「その場合、やはり、フーズ様か…ハーティ様が、お相手の対象となります。」

 

「んん?」

 

 

フーズって、母さんの兄さん、つまり伯父でしょ。

 

 

っていうか、ハーティは父親だぞ!

 

 

おいおいおいおいおい!

 

どういう事?それ、何言ってるの?

 

 

「フーズ様も、ハーティ様も、もはや大英雄(ホンクァウラ)の貫禄で御座います。この域にたどり至れる方は、神となられた方々だけです。将来、女神のごとく美しくなられるであろう、クィンツ様のお相手としては、このお二人ぐらいしか思い当たりません。」

 

 

はい?

 

 

「親子で結婚とか…あり得るのですか?」

 

「見合うのであれば。」

 

 

ちょ、待てぇ!

 

ちょ、待てやぁ!

 

 

「ね、年齢が違いすぎるのでは?」

 

「年齢?」

 

 

はう!?

 

しまった、チュチュ姐(ネーネ)の旦那はウィーギィ爺だった。

 

20歳も違ったんだ。

 

私とハーティもそれぐらいか。

 

年齢全然関係ねーよ。

 

 

てか、年齢も、親子関係も超越して番(つがえ)させようというこの社会は、マジぱねぇ。マジあり得ない。

 

 

「で、でも、本人の意思も尊重されるのですよね?」

 

「本人の意思ですか?」

 

「結婚したくないという気持ちです」

 

「…先のクィンツ様も…いえ。何でもありません。」

 

 

おい!

 

気になるじゃねーか。

 

母様がどした?

 

どしたんじゃーい?

 

 

「行きます。クィンツ様はお休み下さい。」

 

 

そう言ってチュチュ姐(ネーネ)は、返事も聞かずに立ち上がった。

 

 

「あ?ああ…」

 

 

私はその背中を見送るしか出来ない。

 

 

てか、衝撃の事実。

 

 

今まで食事改善計画という目前の事しか考えて居なかったが、そうか。

 

この世界で生きて行くとなれば、人生プランというのが必要だ。

 

まさか父親と結婚とか。

 

 

無理だ。

 

 

伯父さんというのがどういう人か知らないが、赤鬼よりはマシか?

 

いやいや、そういうレベルではない。

 

そもそも、中身が男の私が、男と、…とか、無理無理無理。

 

 

無理じゃない人とか、むしろ積極的に愛したい人もいるかもしれないが、私は無理だ。

 

 

せめて、せめて、せめて…

 

 

と、何故かニシトウくんの顔が浮かんだ。

 

一瞬ホワンとした気持ちになったけれど、やっぱり無理ーーーーー!

 

 

ニシトウくんだろうが、何だろうが、男はムリーーーーー!

 

 

ゴザの上で、私は頭を抱え込んだ。