海賊帝国の女神〜9話目「握り飯」〜/米田

「戻ったか、クィンツ」

 

 

塩の小ツボを抱えて母屋に入ると、すぐハーティが声をかけて来た。

 

床の奥、何時も座してるところからだ。

 

その両脇を2人ずつ、4人の主子(ウフヌン)が並んで座っている。

 

それぞれの背後の柱には、小枝をまとめた小さな松明が灯っていた。

 

 

ああ、この構図、どこかで見た事がある。

 

ハテ?なんだっけ…。

 

 

そうだ、玉座の間だ。

 

RPGかなんかで、呼び出された勇者が王様と謁見する場所だ。

 

そうか、ウチの母屋は玉座の間だったんだ。

 

て、ことは、ハーティが座っている小さなゴザが玉座って事?

 

随分みすぼらしい玉座だな。

 

 

「…お返事を。クィンツ様」

 

 

後ろに居たウィーギィ爺が屈んで耳元で囁く。

 

 

「あ…戻りました。父様!」

 

「ウム。」

 

 

私は土間と床の端に腰掛け、草履を脱ぐ。

 

すかさずウィーギィ爺が跪いて脇のカメから水を掬い、私の足を洗い、乾いた枯れ草の塊で拭いてくれた。

 

私は床に立ち、塩の入った小ツボを抱えてチョコマカと、主子(ウフヌン)らの間まで進み、座った。

 

ウィーギィ爺がゆっくり後について、私の横、やや後ろに座った。

 

 

「それで、塩とやらは出来たのか?」

 

「はい。ここに」

 

 

私は立ち上がって、抱えた小ツボをハーティの前まで持っていき、口を倒して中が見えるように掲げる。

 

ハーティは興味深げにツボの中を見つめる。

 

 

「この白いのが、塩か?」

 

「はい。父様。よかったら、手の平を出して下さい。」

 

「うむ」

 

 

ハーティが右手の平を前に突き出す。

 

私は小ツボを傾げて、ちょっとだけ塩をそこに落とす。

 

 

「どうぞ、舐めてみて」

 

 

手の平の白い粒をじっと眺めていたハーティは、ゆっくり口元にそれを持って行き、舌をつける。

 

 

「む。辛いな。汗と同じ味だ」

 

 

辛い?原始人にはしょっぱいという概念がないらしい。てか、汗と同じ味とか、どういう表現だ。

 

うん。間違ってはないけれどさ。

 

 

「これをどう使うのだ?」

 

「誰か、チュチュ姐(ネーネ)に、飯を握って持って来てと伝えて。」

 

 

土間側に控えて座っていた主子(ウフヌン)が立ち上がって出て行く。

 

あれはコルセだね。

 

しばらくして、コルセと共にチュチュ姐(ネーネ)が母屋に入って来た。

 

両手でお盆を持ち、その上には握り飯が三つ程乗せてある。

 

コルセは元の場所に座ったけれど、チュチュ姐(ネーネ)はどうしたものかと立ちすくむ。

 

私は手招きして横に座らせた。

 

 

「姐(ネーネ)、一度お盆を置いて、手の平を出して」

 

 

チュチュ姐(ネーネ)は言われるママに手を出した。左手だ。

 

私はハーティと同じように、その平に塩をこぼす。ハーティの時よりは多いけれど。

 

 

「姐(ネーネ)、それを零さないように、握り飯を、もう一度握り直して」

 

 

可愛く小首を傾げたチュチュ姐(ネーネ)は右手で握り飯を掴むと、左手に持ち直し、小気味よく握った。

 

その作業を3回。

 

握り終わると、私は握り飯の乗ったお盆を持ち、ハーティの前に捧げる。

 

 

「どうぞお召し上がり下さい」

 

「うむ。」

 

 

興味深げにハーティは握り飯を一つ取り、頬張った。

 

 

「む」

 

 

ハーティの目が一瞬開くと、私の方を見、それから目を閉じて、ゆっくり味わうように握り飯を食べ尽くす。

 

 

「うぅむ。」

 

 

ハーティは脇に置いていた椀を掴んで水を飲んだ。

 

 

「なるほど。舌がチクっとして、それが心地よかった。心なしか飲んだ水も甘くなった気がする」

 

「それが美味しいという事です。」

 

「美味しい…か。うむ。」

 

 

ハーティは少し考え込むように目を動かす。

 

それから、顔を上げ、残った握り飯を両脇に控えた主子(ウフヌン)に一つずつ渡し、それを二つに割って4人に食べるように命じた。

 

 

「これは…。口の中で唾が溢れます」

 

「汁と似た味ですが、何かもっと、こう、食が進みます」

 

 

主子(ウフヌン)らが口々に感想を述べる。

 

だが、「美味い」とは言わない。

 

「美味い」と言えよぉ!

 

でも、まぁ、悪くない評判だ。

 

私はふんぬと胸を張って、大きく鼻息を漏らす。

 

ドヤ顔である。

 

テヘペロに引き続き、この世界初のドヤ顔…って事はないか?

 

ドヤ顏ぐらい、誰でも普通にするか。

 

 

「イリキヤアマリ神の、新たなお恵みだ」

 

 

と、ハーティは呟いた。

 

イリキヤアマリ神?

 

 

「流石はクィンツ様」

 

「やはり、イリキヤアマリ神に愛でられたお子様だ」

 

 

主子(ウフヌン)らが賛同の声を上げる。

 

これは、もしかして賞賛されているという事なのか?

 

ちょっとチートな感じがするじゃない?

 

悪くないよぉ。悪くない。

 

 

「では、クィンツ、そのツボを渡せ。」

 

「はい?」

 

 

塩をハーティに渡してどうするんだろ?

 

料理に使うのだから、むしろチュチュ姐(ネーネ)に渡すべきじゃない?

 

ハーティ経由で渡すって事だろうか?

 

 

イマイチ意味不明だが、私は言われるママにハーティに小ツボを渡した。

 

ハーティは、それを大事そうに持ち直すと、頭の上に掲げてから、座ったままくるりと振り返り、奥の壁側に恭しく供えた。

 

それから頭を下げて何やらブツブツ唱えだす。

 

 

「…火食の神よ、イリキヤアマリよ、お恵みに感謝致します…この初物を汝(なれ)に捧げます」

 

 

とか、なんとか聞こえるよ。

 

ハーティは小ツボに向かって土下座する。

 

控えていた主子(ウフヌン)らや、チュチュ姐(ネーネ)もウィーギィ爺までも、気がつけば小ツボに向かって土下座している。

 

やば、空気読めなかった。

 

私も慌てて土下座した。

 

それからハーティは頭をあげると振り返る。皆頭をあげる。

 

 

「これは、エーシャギークで出来た初めての塩である。今度の祭りに捧げる事とする。」

 

 

何ぃぃ!?

 

使っちゃダメって事?

 

 

「と、父様、それでは、料理には使えないのですか?」

 

「うむ。そうだな。」

 

 

ええ?

 

それってちょっと酷くない?

 

ウチらの苦労はどうなるの?

 

って、まぁ、私は特に何かしたワケじゃないけれどさ。

 

だけれど、私の楽しい食事改善計画を台無しにするつもりか?

 

 

「クーのご飯は、どうなるのですか?」

 

 

涙目だ。

 

まぁ、よく考えれば、もう一度作ればいいんだけれどね。

 

だが、作る度に神様に捧げられたら溜まったものではない。

 

 

「心配するな」

 

 

ハーティは顎を上げて、何やら合図をする。

 

土間側に控えていた主子(ウフヌン)2人が立ち上がって外に出ると、すぐにデカいカメを抱えて戻って来た。

 

ドンと後ろに置かれたカメ。

 

私が振り向くと、コルセがカメの口を覆っている葉っぱで作られた封を開け、お椀を突っこんでいる。

 

出て来たのは白い粒の山…。

 

 

え?

 

 

「これは塩だろ」

 

 

ハーティの声に、ウィーギィ爺が腰をあげ、椀に入った白い粉をつまんで口に入れる。

 

 

「左様です。間違いなく塩です」

 

 

何だってぇええええ!?

 

塩持ってたんかーーーいぃぃいい!

 

 

「先日ムィンの商人から頂いたのだが、何だかわからなかったので、蔵に入れておいたのだ。」

 

 

と、ハーティ。

 

何だかわからなかって…おいおいおい。この原始人がぁああああ!

 

てか、くれた方のムィンの商人は、何も説明しなかったんかぁい?

 

 

「夕べヌシらが、塩は白い粉と言うので、もしかしたらと思ったのだ。」

 

 

ああ、そうなんですか。

 

でも、その時出してくれれば話しはもっと早かったんじゃね?

 

 

「とりあえず、小ツボ一つ分ぐらいあれば良いのだろ?チュチュ、空いている小ツボを持って来い。…それと、お前たち、村の家々を回って小ツボを持って集まるように伝えてくれ。」

 

 

ハーティが主子(ウフヌン)らに指示を出し始める。

 

 

「今からですか?」

 

「いや、明日の朝で良い。集まるのは合図してからだと伝えろ。」

 

「畏まりました。」

 

 

どうするつもりだろう。

 

 

「父様、どうされるのですか?」

 

「決まってる。塩を恵むのだ。」

 

「え?村人に?」

 

 

何を言ってるんだというような目で睨まれる。

 

ああ、そうだった。この人はそうやって、村人に取り入ったんだ。

 

風態は赤鬼の癖に、妙に気が回る人だよな。

 

私なんか自分の食生活改善しか頭になかったけれど。

 

 

「よし、今日はこれで終わりだ。お前たちには先に塩を恵むから、椀に入れて帰れ。」

 

「ハハァ!ありがとうございます!」

 

 

主子(ウフヌン)らは笑顔でハーティに土下座し、カメの塩を椀に掬って嬉々として帰って行く。

 

 

「我らも夕食にしよう。今日は遅くなったな。…チュチュ、飯には塩を振るって持って来い。」

 

「あ、オカズにも振るってね」

 

 

私はニコやかにハーティの言葉の後を次ぐ。

 

 

…その日のご飯は、この世界に来てから、始めて美味しいと感じた。