海賊帝国の女神〜10話目「キレイキレイ」〜/米田

さて、4歳児の朝は遅い。

 

寝る子は育つ。というのは、前の世界にあった言葉だけれど、君の世界には無かっただろうか?

 

そもそも、前日は「炉」に出かけて、ずっと製塩作業に付いていたのだ。

 

疲れが残るのは当然だろう。

 

ってか、別に私は何もしてないし、「炉」でも昼寝していただけだし。

 

テヘペロ

 

あ、きっと、こっちの世界で初めてお腹一杯食べた影響もあったかもしれない。

 

ともかく、その日、私はとても眠かった。

 

 

その上、普段なら、誰も起こしに来ないのに、どういうわけか、その日はティガに起こされた。

 

最初の出会の時は、寝ている私を黙って見つめているだけのヤツなのに…何でだ?

 

今回は積極的に揺すって来る。

 

 

「クィンツ…様。クィンツ様。起きて…。」

 

 

ちょっとオドオドした感じだ。

 

どうも、歳の割に体もデカく力も強いから、変に扱うと私が壊れてしまうんじゃないかと、慎重になっていたらしい。

 

それでも、揺さぶられる事に変わりはない。

 

私は目を覚ました。きっとチョー不機嫌な顔だろう。

 

 

「なぁに?ティガ。」

 

「姐(ネーネ)が待っています。」

 

「姐(ネーネ)が?何で?」

 

 

ティガはそれには答えず、背中を向けた。

 

乗れって事か?

 

私は気だるい感じで起き上がって、ティガの背中に倒れこむ。

 

ティガは私を背負うと、トントントンと動き出す。

 

歩くよりは早足なんだが、走るって感じではない。

 

チュチュ姐(ネーネ)がいつも居る、賄い作り用の家屋に向かうのかと思っていたら、そのまま母屋の石囲いの脇を通って、ウチの屋敷群から抜け出した。

 

 

「え?どこに行くの?」

 

「…川です。」

 

「川?」

 

 

例によってジャングルを貫く小道を進むと、果たして川があった。

 

そんなに大きくない川だ。

 

てか小川だ。

 

岩場があって水の流れが塞き止められている所がある。

 

 

これは記憶にあるぞ。

 

クィンツが水浴びしていた場所だ。

 

 

チュチュ姐(ネーネ)が川の脇に控えている。

 

 

「水浴びするの?」

 

 

ティガの背中から降りて、チュチュ姐(ネーネ)に尋ねる。

 

 

「そうです。そのあと、お召し替えをします。」

 

 

ふむ。風呂って事か。

 

でも、いくら暑い島とはいえ、日が昇ったばかりの川の水は冷たそうだ。

 

 

「冷たいのはイヤ。」

 

 

と、つぶやいて見る。

 

 

「大丈夫です。」

 

 

チュチュ姐(ネーネ)が顎を上げて示すので、振り返って見ると、やや川上に、デカイカメが置かれていた。

 

カメは切られた木の枝に支えられて、少し斜めに置かれている。

 

地面と傾いた底の間には火が燃えているぞ。

 

どおりで、なんか煙いと思った。

 

しかし、これは…。

 

なんと、お湯を沸かしているらしい。

 

私を下ろしたティガがその脇に立つ。

 

 

「あそこから熱いお湯を流します。川の水は温むでしょう。」

 

 

おお、配慮してくれているんだ!

 

嬉しい!

 

私は頷いた。

 

 

「では、お召し物をお脱ぎ下さい。」

 

 

は?いきなり?

 

てか、確かにここには私たちしかいないけれど、ティガは男の子なんだけれど。

 

ティガの前で裸になれと?

 

まぁ、4歳児が裸になるのを恥ずかしがるのも変か?

 

というか、よく考えたら、用を足す時、結構ティガに見られていたような気がする。

 

一応草むらでしゃがんで居たんだけれどね。

 

仕方がないなぁ。

 

とはいえ、大人の記憶があるから、人前で裸になるのはやっぱり抵抗がある。

 

 

私は唇を尖らせながら、しぶしぶ着物を脱いだ。

 

一枚モノだから直ぐスッポンポンだ。

 

チュチュ姐(ネーネ)が合図をすると、ティガは斜めっていたカメを横に倒す。

 

ティガは熱くないのかな?

 

ジャアアっとカメの口からお湯が溢れ、湯気が流れてくる。

 

それに合わせて、私も足先を川面に付けた。

 

 

うん。冷たくない。

 

まぁ、温かくもないけれど。

 

 

草履を履いたママ、ずんずんと川の中に入って行く。

 

腰ぐらいの深さの所で振り返ると、ドンブリぐらいの椀と、枯れ草の塊を手にしたチュチュ姐(ネーネ)が、太ももあたりまで着物の裾をあげて付いて来た。

 

おおっと、股間の草むらがのぞいているぞ。

 

ラッキースケベというべきか?

 

女子のパンツとか無い世界だから、直だよ。直。

 

まぁ、チュチュ姐(ネーネ)は妊婦なんだけれど。

 

臨月っぽいのだけれど。

 

…それ以前に、私自身が、女だったんだけれども。

 

しかも4歳。

 

女性の股間にトキメク立場ではない。

 

 

と、アレコレ思考が迷走している隙に、チュチュ姐(ネーネ)はドンブリ椀で水を汲んで、ドバーっと頭から掛けてくる。

 

次いで、枯れ草の塊で、体をゴシゴシ洗いだす。

 

 

適当なタイミングで、ティガがカメをさらに倒して、追加のお湯を流してくれた。

 

少し温い水が流れて来る。

 

あれ?

 

これは、私への配慮ではなくて、妊婦であるチュチュ姐(ネーネ)への配慮なんじゃないか?

 

 

ゴシゴシゴシ。

 

チュチュ姐(ネーネ)は情け容赦なく私の体を磨く。

 

ちょっと痛いよ。

 

いや、かなり痛い。

 

ヒリヒリする。

 

普通の4歳だったら泣いちゃうよ。

 

まぁ、私は、それぐらいじゃないと、体の汚れが落ちないって分かるけどさ。

 

 

体を洗ったあとは、デカイ櫛らしきもので、濡れた髪を梳いてくれた。

 

何だか黒い水滴が溢れるんですけれど。

 

相当汚れていた感じなんですけれど。

 

うん?

 

私って、もしかして、ものすごく金髪?

 

薄茶色の髪だとは思っていたけれど…髪が汚れていただけだと、この時初めて気が付いた。

 

 

最後にドバーっと、やっぱり頭から水を被せられて、私達は岸に上がった。

 

 

ティガが畳んだ布を差し出す。

 

それも何枚もだ。

 

普段何かを拭き取るのは枯れ草なのに、今日は、モノすごく贅沢な感じだぞ。

 

 

一応ティガは目線を逸らして、私の裸は見ないようにしているらしい。

 

でも、なんか、顔が赤い?

 

気のせいか?

 

 

体も頭もゴシゴシ拭かれた後、新しい真っ白な着物を着せられる。

 

帯が淡いピンクなんだけれど。

 

そんな色で染める技術があったんかーーーい?

 

ちょっとバカにし過ぎていたか?

 

 

新しい櫛を持ち出したチュチュ姐(ネーネ)が、再び髪を梳いてくれる。

 

ティガが葉っぱの団扇で煽ってくれた。

 

うむ。ヘアドライアーだ。

 

涼しい。

 

 

石鹸とか使ってないから、ツルンツルンとは言えないけれど、こっちの世界に来て最高にスッキリした。

 

髪の毛も、結局二人掛かりで、丁寧に手に取って煽ってくれたから、フワフワだ。

 

チュチュ姐(ネーネ)が、ものすごく嬉しそうな笑顔になっている。

 

目もキラキラしている。

 

着物を着たからか、さっきまで目を逸らしていたティガも、ジィッと見入ってる。

 

こちの目もキラキラしてて、口の端が緩んでいるぞ。

 

 

ふっと、ティガが背中を向けてしゃがんだ。

 

帰りも背中に乗せてもらえるらしい。

 

私が乗ろうとすると、チュチュ姐(ネーネ)がその前に使ってない布をティガの背中に掛けた。

 

直接乗って汚れないように…という事だろう。

 

どんだけ箱入り扱いなんだ?

 

まぁ、せっかくなんだから、汚れない方がいいに決まっている。

 

ティガにはちょっと気まずいが。

 

 

私はティガの背中に抱きついた。

 

ティガは立ち上がると、来た時よりゆっくり歩き出す。

 

 

ああ、付いて来るチュチュ姐(ネーネ)に気を使っているのか?

 

こいつも親父同様気遣い魔だな。

 

こっちの男は、みんな見かけによらないのだろうか?