海賊帝国の女神〜19話目「稽古」〜/米田

「それにしても叔母様」

 

 

マィンツが鈴についている紐を、私の手足に結んでいる。

 

今日は稽古だから普段着だ。

 

私が何かしら動く度に鈴がコロコロと鳴る。

 

 

「ん?なんですか?クィンツ」

 

「この鈴もそうなんですけれど、鐘とか、笛とか…この島のものではないですよね。」

 

「そうですね。伝承によれば、昔々イェームトの帝(ミカド)の争いに破れた武人(サムゥル)等が、イヤィマの島々まで逃れて来た時、持ち込んだモノなんだそうです。」

 

「イェームト…遠いのですよね?」

 

「風巡りがよければ、新月が満月になる前に着けるそうです。ただしイェームトは大きな島々らしいので、島々を巡るには、新月を何回も経ねばならないと聞きました。」

 

「聞いた?誰からですか?」

 

「兄様です。…あなたには伯父様になるわね。…フーズですよ。」

 

「フーズ様は、イェームトに行ったことがあるのですか?」

 

「一度、ソゥラヴィ様の伝手でヌーファからイェームトの船に乗せてもらったそうです。」

 

 

ソゥラヴィ…?

 

昨日の夕食の時にも出た名だな。

 

何者だろう?

 

 

「さ、おしゃべりはこれぐらいで、お稽古しましょう」

 

 

と、マィンツは最後の鈴紐をギュっと結んでくれた。

 

 

「まず、私が唄いながら舞います。クィンツはそれを見ていて下さい。覚えたら一緒に唄いましょう。あなたを引揚(ヒュク)にも大切な事ですから、しっかり見て、覚えて下さいね。」

 

 

そう言うとマィンツは両手に扇子のようなモノを持って、大岩の正面らしきところに向かって立った。

 

祝子(ヌルン)のハヌとニャクチャは、笛を持って広場の端と端に別れて立つ。

 

私は鐘を持たされた。

 

 

「持っているだけで、打たなくていいですからね。」

 

 

とニャクチャがアドバイスしてくれる。

 

 

静寂が訪れた。

 

作業していた女の子たちも手を止めてマィンツに注目する。

 

 

「イリキヤアマリ神よ、火食の神よ。今より稽古の舞を行います。何卒豊(と)まれのお恵みを…。」

 

 

マィンツは大岩に向かい深々と頭を下げた。

 

それから扇子のようなモノを持った両手をあげると、静かに、ゆっくり柔らかく旋律の声をあげる。

 

唄らしいが歌詞がよくわからない。

 

 

歌詞がわからないと覚えられないよなぁ。

 

 

マィンツの歌に合わせて、笛の音がゆっくり鳴り響く。

 

そして今度は笛の音に合わせてマィンツがゆっくり動き出す。

 

動きにあわせて、マィンツの手足に付いた鈴がコロコロと鳴る。

 

ゆっくり、ゆっくり、コロコロと、マィンツは唄いながら、舞いながら大岩の周りを巡り始めた。

 

一周巡ると、笛のテンポが上がる。

 

マィンツのスピードも上がる。

 

コロコロも激しくなる。

 

 

二周…三周…。

 

 

気がつけば舞は激しく荒々しいものに変わっている。

 

いつしか唄は聞こえない。

 

笛と鈴の音色(ねいろ)だけが交差している。

 

マィンツが地面を蹴る。

 

 

ふわりと、体が宙に浮く。

 

まるでスローモーションのように。

 

 

ハッと気がつくと、マィンツは再び激しく舞っている。

 

 

マィンツが再び地面を蹴る。

 

 

ふわりと宙に浮く。

 

浮く…浮いている。

 

マィンツは空中を優雅に泳いでいる。

 

それもとてもゆったりした感じで…。

 

だが次の瞬間、マィンツは地面の上で激しく舞っている。

 

 

幻覚?

 

 

見ているうちに、息が荒くなって来た。

 

 

三度(みたび)マィンツは空中を泳ぐ。

 

高さは私の背丈ぐらい。

 

4歳児の背丈だから、大人の腰上ぐらいなのだけれど、単に飛び上がっているにしては、異様に高い。

 

 

ピィ。と笛が高い音を上げ、突然舞も演奏も止まる。

 

見入っていた女の子たちが、ハッとしたように動き出す。

 

 

「も、申し訳ありません。間違えてしまいました。」

 

 

祝子(ヌルン)のハヌが直角に腰を曲げて詫びた。

 

 

「大丈夫ですよ。稽古だもの。」

 

 

マィンツがハヌにニッコリ微笑みながら声を掛ける。

 

 

「は、はい。次は気をつけます。」

 

 

ハヌは何度も頭を下げる。

 

 

「少し休憩ね。」

 

 

すかさず数人の女の子たちが、三人の演者に椀を捧げた。

 

椀の水を飲むマィンツ。

 

息は上がってないし、汗もかいてない。

 

あれだけ激しい舞なのに…ちょっと驚く。

 

 

「どう?わかった?」

 

 

椀を返すと、マィンツは私の横にやって来る。

 

 

「全然わかんない。」

 

「あらあら。お利口さんのクィンツが弱気ね。」

 

 

弱気と言われてもなぁ。

 

 

「あの…なんか、叔母様、飛んでいた。」

 

「うん。お稽古だから、そんなに高くは飛んで無かったでしょ。」

 

 

当たり前のように言う。

 

これは…あれか、祝女(ヌル)の能力なのだろうか?

 

 

「本番だともっと高く飛ぶの?」

 

「そうね。前回は御石の中ぐらいまでだったけれど…今回は御石を越す高さまで飛べると思うわ。」

 

 

御石って、広場の中央の大きな岩の事だろう。

 

結構大きい岩で、大人の背丈より遥かに高い。

 

それを越せるぐらいの高さまで飛べるというなら、祝女(ヌル)もそこそこチートだなと思った。

 

 

「この数ヶ月あちこちの御嶽(オン)を巡ったから。」

 

 

うん?

 

 

「御嶽(オン)を巡ると高く飛べるのですか?」

 

「う〜ん。必ずとは言えないけれど、行ったことがない御嶽(オン)を訪れると、その御嶽(オン)の神様がお恵みを下さって、力が揚がるのよ。だから高く飛べるようになるわ。」

 

 

ハイ来た!

 

能力向上の裏技!

 

 

「昨日、叔母様は引揚(ヒュク)をすれば力が揚がるとも教えて下さいました。」

 

「その通りよ。引揚(ヒュク)は力を揚げるわ。」

 

「御嶽(オン)を巡るのと、どっちが良いのですか?」

 

 

マィンツが苦笑する。

 

 

「比べるなら、引揚(ヒュク)の方が揚げる力は高いけれど…引揚(ヒュク)に至るには、まず神垂(カンダー)れに恵まれないと行けないでしょ?」

 

「神垂(カンダー)れに恵まれる?」

 

「そう。まず神様に打たれないと、神垂(カンダー)れされないでしょ。」

 

「そう聞きました。」

 

「それだと、まさに神頼みでしょ?」

 

 

ああ…と、マィンツの指摘に、私は大きく頷く。

 

 

「一方で、行った事がない御嶽(オン)を巡るのは、私たちの都合で出来るわ。」

 

「つまり、自分の力を揚げたいと思うのなら、行った事がない御嶽(オン)を巡れば良いのですね?」

 

 

これは良い事を聞いた。

 

地道に御嶽(オン)を巡れば祈女(ユータ)としてチートになるのではないか?

 

思わず口元が歪む。

 

 

「簡単に言えばね。でも、最初は近所の御嶽(オン)でも良いけれど、すぐ巡り切ってしまうでしょ?」

 

「そうなると揚げられなくなっちゃうって事ですか?」

 

「そうよ。御嶽(オン)巡りだけだと揚げるのに限界があるわ。だから神垂(カンダー)れの恵みも大事なのよ。」

 

 

成る程。そういう理屈か。

 

 

「島中の御嶽(オン)を巡ったら、次はイヤィマの島々の御嶽(オン)を巡れば?」

 

「イヤィマの島々ぐらいなら可能でしょう。場合によってはビヤクぐらいもアリだわ。でも、限界は来る。だって祭祀を司らないといけないから。長く留守は出来ないもの。」

 

 

そうだった。祝女(ヌル)の仕事は、身内が主催する祭祀を司る事だ。

 

マィンツの兄。私の伯父であるフーズは、複数の村々を支配している。

 

つまりその分、やらねばならない祭祀が多いって事だ。

 

留守ばかりしてもいられない。

 

 

では、私はどうなのだろうか?

 

 

ハーティはウォファム村を間違いなく支配しているが、実際は複数の村々からトップだと認識されているようだ。

 

だが、祭祀を行える祝女(ヌル)がおらず、クィンツをナータ家から借りているぐらいだから、他の村の祭祀までは手が回っていないのではないか?

 

そんな中、私がハーティの祝女(ヌル)となれば、ウォファム村ばかりか、他の村々の祭祀も司る事になるだろう。

 

マィンツと同じように、留守が出来なくなるかもしれない。

 

 

う〜んと考え込むと、マィンツがしゃがみこんで耳元で囁いた。

 

 

「それに、力が弱い神様の御嶽(オン)を巡っても、ほとんど揚がらないわ。これは神様の前では内緒だけれど。」

 

 

え?っとしてマィンツを見る。

 

マィンツは微笑んだ。

 

 

始めて訪れる祈女(ユータ)や祝女(ヌル)に、力を授けるのは御嶽(オン)の神様のサービスのようなモノらしい。

 

力を授けるから、いらっしゃい。という事のようだ。

 

だが、祈女(ユータ)や祝女(ヌル)側も経験則で、授けられるのは良いけれど、期待値に至らない御嶽(オン)がある事を知っている。

 

そういう情報が、祈女(ユータ)や祝女(ヌル)のネットワークで伝わるのだ。

 

ただし、神様との相性もあるので、人によって若干の差はある。

 

とは言え、やたら御嶽(オン)を巡っても徒労となる可能性があるなら、無理して巡らないという選択が、普通はされる。

 

祈女(ユータ)や祝女(ヌル)も暇ではないのだ。

 

やる事は沢山ある。

 

だから、期待値か、それ以上という噂の御嶽(オン)巡りに集中する。

 

少々遠くても、そっちの方が効率が良い。

 

 

「叔母様はどちらの御嶽(オン)を巡ったのですか?」

 

 

効果が高い御嶽(オン)の情報は知っておきたい。

 

 

「エーシャギークならクゥビラと、ヒュルクブ。ウリィテムならソナイ。あとビヤクのナークソゥよ。」

 

 

うわ〜。

 

やっぱり覚えられないよ。

 

メモ板の木綴(キトジ)が早々に必要だ。