「それにしても叔母様」
マィンツが鈴についている紐を、私の手足に結んでいる。
今日は稽古だから普段着だ。
私が何かしら動く度に鈴がコロコロと鳴る。
「ん?なんですか?クィンツ」
「この鈴もそうなんですけれど、鐘とか、笛とか…この島のものではないですよね。」
「そうですね。伝承によれば、昔々イェームトの帝(ミカド)の争いに破れた武人(サムゥル)等が、イヤィマの島々まで逃れて来た時、持ち込んだモノなんだそうです。」
「イェームト…遠いのですよね?」
「風巡りがよければ、新月が満月になる前に着けるそうです。ただしイェームトは大きな島々らしいので、島々を巡るには、新月を何回も経ねばならないと聞きました。」
「聞いた?誰からですか?」
「兄様です。…あなたには伯父様になるわね。…フーズですよ。」
「フーズ様は、イェームトに行ったことがあるのですか?」
「一度、ソゥラヴィ様の伝手でヌーファからイェームトの船に乗せてもらったそうです。」
ソゥラヴィ…?
昨日の夕食の時にも出た名だな。
何者だろう?
「さ、おしゃべりはこれぐらいで、お稽古しましょう」
と、マィンツは最後の鈴紐をギュっと結んでくれた。
「まず、私が唄いながら舞います。クィンツはそれを見ていて下さい。覚えたら一緒に唄いましょう。あなたを引揚(ヒュク)にも大切な事ですから、しっかり見て、覚えて下さいね。」
そう言うとマィンツは両手に扇子のようなモノを持って、大岩の正面らしきところに向かって立った。
祝子(ヌルン)のハヌとニャクチャは、笛を持って広場の端と端に別れて立つ。
私は鐘を持たされた。
「持っているだけで、打たなくていいですからね。」
とニャクチャがアドバイスしてくれる。
静寂が訪れた。
作業していた女の子たちも手を止めてマィンツに注目する。
「イリキヤアマリ神よ、火食の神よ。今より稽古の舞を行います。何卒豊(と)まれのお恵みを…。」
マィンツは大岩に向かい深々と頭を下げた。
それから扇子のようなモノを持った両手をあげると、静かに、ゆっくり柔らかく旋律の声をあげる。
唄らしいが歌詞がよくわからない。
歌詞がわからないと覚えられないよなぁ。
マィンツの歌に合わせて、笛の音がゆっくり鳴り響く。
そして今度は笛の音に合わせてマィンツがゆっくり動き出す。
動きにあわせて、マィンツの手足に付いた鈴がコロコロと鳴る。
ゆっくり、ゆっくり、コロコロと、マィンツは唄いながら、舞いながら大岩の周りを巡り始めた。
一周巡ると、笛のテンポが上がる。
マィンツのスピードも上がる。
コロコロも激しくなる。
二周…三周…。
気がつけば舞は激しく荒々しいものに変わっている。
いつしか唄は聞こえない。
笛と鈴の音色(ねいろ)だけが交差している。
マィンツが地面を蹴る。
ふわりと、体が宙に浮く。
まるでスローモーションのように。
ハッと気がつくと、マィンツは再び激しく舞っている。
マィンツが再び地面を蹴る。
ふわりと宙に浮く。
浮く…浮いている。
マィンツは空中を優雅に泳いでいる。
それもとてもゆったりした感じで…。
だが次の瞬間、マィンツは地面の上で激しく舞っている。
幻覚?
見ているうちに、息が荒くなって来た。
三度(みたび)マィンツは空中を泳ぐ。
高さは私の背丈ぐらい。
4歳児の背丈だから、大人の腰上ぐらいなのだけれど、単に飛び上がっているにしては、異様に高い。
ピィ。と笛が高い音を上げ、突然舞も演奏も止まる。
見入っていた女の子たちが、ハッとしたように動き出す。
「も、申し訳ありません。間違えてしまいました。」
祝子(ヌルン)のハヌが直角に腰を曲げて詫びた。
「大丈夫ですよ。稽古だもの。」
マィンツがハヌにニッコリ微笑みながら声を掛ける。
「は、はい。次は気をつけます。」
ハヌは何度も頭を下げる。
「少し休憩ね。」
すかさず数人の女の子たちが、三人の演者に椀を捧げた。
椀の水を飲むマィンツ。
息は上がってないし、汗もかいてない。
あれだけ激しい舞なのに…ちょっと驚く。
「どう?わかった?」
椀を返すと、マィンツは私の横にやって来る。
「全然わかんない。」
「あらあら。お利口さんのクィンツが弱気ね。」
弱気と言われてもなぁ。
「あの…なんか、叔母様、飛んでいた。」
「うん。お稽古だから、そんなに高くは飛んで無かったでしょ。」
当たり前のように言う。
これは…あれか、祝女(ヌル)の能力なのだろうか?
「本番だともっと高く飛ぶの?」
「そうね。前回は御石の中ぐらいまでだったけれど…今回は御石を越す高さまで飛べると思うわ。」
御石って、広場の中央の大きな岩の事だろう。
結構大きい岩で、大人の背丈より遥かに高い。
それを越せるぐらいの高さまで飛べるというなら、祝女(ヌル)もそこそこチートだなと思った。
「この数ヶ月あちこちの御嶽(オン)を巡ったから。」
うん?
「御嶽(オン)を巡ると高く飛べるのですか?」
「う〜ん。必ずとは言えないけれど、行ったことがない御嶽(オン)を訪れると、その御嶽(オン)の神様がお恵みを下さって、力が揚がるのよ。だから高く飛べるようになるわ。」
ハイ来た!
能力向上の裏技!
「昨日、叔母様は引揚(ヒュク)をすれば力が揚がるとも教えて下さいました。」
「その通りよ。引揚(ヒュク)は力を揚げるわ。」
「御嶽(オン)を巡るのと、どっちが良いのですか?」
マィンツが苦笑する。
「比べるなら、引揚(ヒュク)の方が揚げる力は高いけれど…引揚(ヒュク)に至るには、まず神垂(カンダー)れに恵まれないと行けないでしょ?」
「神垂(カンダー)れに恵まれる?」
「そう。まず神様に打たれないと、神垂(カンダー)れされないでしょ。」
「そう聞きました。」
「それだと、まさに神頼みでしょ?」
ああ…と、マィンツの指摘に、私は大きく頷く。
「一方で、行った事がない御嶽(オン)を巡るのは、私たちの都合で出来るわ。」
「つまり、自分の力を揚げたいと思うのなら、行った事がない御嶽(オン)を巡れば良いのですね?」
これは良い事を聞いた。
地道に御嶽(オン)を巡れば祈女(ユータ)としてチートになるのではないか?
思わず口元が歪む。
「簡単に言えばね。でも、最初は近所の御嶽(オン)でも良いけれど、すぐ巡り切ってしまうでしょ?」
「そうなると揚げられなくなっちゃうって事ですか?」
「そうよ。御嶽(オン)巡りだけだと揚げるのに限界があるわ。だから神垂(カンダー)れの恵みも大事なのよ。」
成る程。そういう理屈か。
「島中の御嶽(オン)を巡ったら、次はイヤィマの島々の御嶽(オン)を巡れば?」
「イヤィマの島々ぐらいなら可能でしょう。場合によってはビヤクぐらいもアリだわ。でも、限界は来る。だって祭祀を司らないといけないから。長く留守は出来ないもの。」
そうだった。祝女(ヌル)の仕事は、身内が主催する祭祀を司る事だ。
マィンツの兄。私の伯父であるフーズは、複数の村々を支配している。
つまりその分、やらねばならない祭祀が多いって事だ。
留守ばかりしてもいられない。
では、私はどうなのだろうか?
ハーティはウォファム村を間違いなく支配しているが、実際は複数の村々からトップだと認識されているようだ。
だが、祭祀を行える祝女(ヌル)がおらず、クィンツをナータ家から借りているぐらいだから、他の村の祭祀までは手が回っていないのではないか?
そんな中、私がハーティの祝女(ヌル)となれば、ウォファム村ばかりか、他の村々の祭祀も司る事になるだろう。
マィンツと同じように、留守が出来なくなるかもしれない。
う〜んと考え込むと、マィンツがしゃがみこんで耳元で囁いた。
「それに、力が弱い神様の御嶽(オン)を巡っても、ほとんど揚がらないわ。これは神様の前では内緒だけれど。」
え?っとしてマィンツを見る。
マィンツは微笑んだ。
始めて訪れる祈女(ユータ)や祝女(ヌル)に、力を授けるのは御嶽(オン)の神様のサービスのようなモノらしい。
力を授けるから、いらっしゃい。という事のようだ。
だが、祈女(ユータ)や祝女(ヌル)側も経験則で、授けられるのは良いけれど、期待値に至らない御嶽(オン)がある事を知っている。
そういう情報が、祈女(ユータ)や祝女(ヌル)のネットワークで伝わるのだ。
ただし、神様との相性もあるので、人によって若干の差はある。
とは言え、やたら御嶽(オン)を巡っても徒労となる可能性があるなら、無理して巡らないという選択が、普通はされる。
祈女(ユータ)や祝女(ヌル)も暇ではないのだ。
やる事は沢山ある。
だから、期待値か、それ以上という噂の御嶽(オン)巡りに集中する。
少々遠くても、そっちの方が効率が良い。
「叔母様はどちらの御嶽(オン)を巡ったのですか?」
効果が高い御嶽(オン)の情報は知っておきたい。
「エーシャギークならクゥビラと、ヒュルクブ。ウリィテムならソナイ。あとビヤクのナークソゥよ。」
うわ〜。
やっぱり覚えられないよ。
メモ板の木綴(キトジ)が早々に必要だ。
コメントをお書きください