海賊帝国の女神〜25話目「神子(カンヌン)」〜/米田

翌日は雲行きが怪しかった。

 

まだ雨は降ってはないが、降るのは必死だ。

 

これはスコールのような通り雨的なレベルではない。

 

マィンツたちは、本来はこの日に発って、ナータの家に戻る筈だったが、天気が回復してからという事になった。

 

なので、私の寝所にまだいる。

 

マィンツとハヌがいると、ウィーギィ爺のスペースがないので、今日もウィーギィ爺はやって来ない。

 

私はゴロゴロ出来ない。

 

辛い。

 

つらたんだ。

 

 

だが、つらたんすぎる…なんて事はない。

 

マィンツが傍にいるのだから。

 

 

ああ、ホワンとする。

 

 

…とても、祭り夜、裸で仁王立ちした人のように思えない。

 

 

と、言う事で、ゴロゴロ出来ないのはそれなりに辛いが、見合うホワンがあるから良しとしよう。

 

 

そういえば、例の祝子(ヌルン)見習いのシャナは、昨夜、両親と共に挨拶に来て、正式に祝子(ヌルン)となった。

 

なんと、私の初祝子(ヌルン)だ。

 

これは楽しくなりそうだ。

 

自分の家から通いで来る事になったのだが、今日はまだ来てない。

 

もっとも、今、シャナにまで来られたら、私の寝所は本当にキツキツになってしまう。

 

まぁ、女だらけのキツキツなら、私は許せるのだけれど。

 

 

ん?

 

 

というか、私は祈女(ユータ)だから、シャナは祝子(ヌルン)ではなく、祈子(ユタン)になるのではないか?

 

それとも私は、一応祭祀の時に舞ったから、祈女(ユータ)から祝女(ヌル)にジョブチェンジしたのだろうか?

 

そのあたり、はっきりとした説明を受けてない。

 

どっちなんだ?

 

…などと、考え込んでいると、

 

 

「そうそう、せっかくだから、この機会に聞いておきますけれど、クィンツ。」

 

 

と、マィンツが口を開いた。

 

 

「ハイ、叔母様。」

 

「引揚(ヒュク)はどうでした?」

 

 

う。

 

どう?と言われても…。

 

 

言葉に詰まってしまう。

 

 

どうと言う事はなかった。

 

とか言っていいのかな?

 

 

マィンツが続ける。

 

 

「神垂(カンダー)れ前後の事は思い出しましたか?」

 

 

ああ、そうですね。

 

 

「な、何となく。」

 

 

私の返事にマィンツが不思議そうな顔をする。

 

 

「何となくですか?」

 

 

神垂(カンダー)れ前後の記憶は、確かに思い出した。

 

と言っても、大した事はない。

 

御嶽(オン)にて、マィンツと共に祭祀の舞を練習していた記憶だ。

 

祭りの前日と、やっている事は差ほど変わらなかった。

 

 

あっと、祈女(ユータ)の祈祷文も思い出した。

 

まぁ、こちらも大した内容ではない。

 

「家内安全」とか「健康祈願」とかに唱える言葉だ。

 

4歳児が覚える程度のものだから、短いし、唱えたら、途端にどうこうなるというようなものでもない。

 

予想通りのガッカリ内容だったぜ。

 

 

と、話戻して、神垂(カンダー)れ前後だね。

 

…そうそう、舞の練習中、突然暗くなって、光の塊と出会った。

 

瞬間の出来事だ。

 

光の塊は、ススっと来て、私にぶつかって、消えた。

 

そこからは覚えてない。

 

というか、次の記憶は、この部屋で、転生した私が目覚めた記憶となる。

 

ティガの顔が真正面にあった、例のアレだ。

 

 

光の塊がぶつかった記憶は、なんだか非現実的だから、夢とごっちゃになったかと思った。

 

だから、言うのをためらったのだけれども…一応、伝えておくか。

 

 

「そういえば、光が飛んできて、クーにぶつかりました。」

 

「ぶつかった…だけ?」

 

 

 マィンツが少し怪訝そうに私を見る。

 

 

「そうですね。ぶつかりました。それで、目が覚めたら、ここで寝ていました。」

 

「クィンツ…」

 

 

 マィンツは考え深げに私の名を呼ぶ。

 

 

「はい、叔母様」

 

「その…声とかは、聞かなかったのですか?」

 

「声…ですか?」

 

 

はて、叔母様は珍妙な事を尋ねなさる。

 

 

「いいえ。聞いていません。」

 

「んん〜…。」

 

 

マィンツは少し困ったような顔をする。

 

 

「クィンツは、よく神様からあれこれ教わりますよね。」

 

「え…あぁ。まぁ、そうです。」

 

「なのに、神垂(カンダー)れの時、神様の声を聞かなかったのですか?」

 

 

え?声って神様のなの?

 

 

「え、あ…神垂(カンダー)れの時は…特に…。」

 

「そうですか…大概は、声を聞くのですが。」

 

 

うむ。なんかヤバそうだから、話しを誤魔化そう。

 

 

「叔母様は聞かれたのですか?」

 

「そうですね。」

 

「何と?」

 

「先日の祭りの舞の時の歌…あれなどは、神様から教わったものです。」

 

 

え?そうなの?

 

 

なんでもマィンツの説明によると、御嶽(オン)の祭祀に関わる歌や言葉は、歴代の祝女(ヌル)が神垂(カンダー)れ時に聞き出した集大成らしい。

 

全部が全部というわけではないらしいが。

 

そうやって神様から聞いた歌や言葉をお互いが伝え合う事で、祈女(ユータ)や祝女(ヌル)たちは、地域や神の別を越えた、様々な御嶽(オン)で活動が出来るらしい。

 

そうでないと、いくら祈女(ユータ)や祝女(ヌル)と言っても、活動範囲が決まってしまうのだそうだ。

 

だから、私も、神様から歌や言葉を聞いたら他の祈女(ユータ)や祝女(ヌル)に教える義務があるんだとか。

 

 

でも、私は、聞いてないんだから仕方がない…。

 

覚えなかった可能性は高いけれど。

 

テヘペロ。

 

 

「叔母様、もしも、クーが忘れてしまっている場合、どうなるんですか?」

 

「あり得ないです。」

 

「あり得ない…のですか?」

 

「引揚(ヒュク)されたのであれば、必ず思い出します。思い出さないのだとしたら、聞いてないのでしょう。」

 

 

あ、そこは信じるんだ。

 

 

「それに、光とぶつかったのですよね?」

 

「え?あ?はい。」

 

「それは神代(カヌ)った示しです。」

 

「神代(カヌ)った示し?」

 

 

神代(カヌ)るとか、何とかは、以前も聞いたな。

 

なんだっけ?

 

ああ、私が「神代(カヌ)られている」とかなんとか、マィンツがハーティに言っていたような気がする。

 

 

「神代(カヌ)った示しって何ですか?」

 

「神様が、あなたに降りたと言う事ですよ。」

 

 

え?降りた?

 

シャーマン的な何かか?

 

 

「祈女(ユータ)にしろ、祝女(ヌル)にしろ、神代(カヌ)られるのは一つの目標です。神代(カヌ)られ、神様に気に入られれば、神女(カンヌ)に至れるからです。」

 

 

え?祈女(ユータ)や祝女(ヌル)以外のジョブがあったの?

 

神女(カンヌ)?

 

魔法使いと僧侶の両方の力が使えるのが賢者みたいな、そんな感じ?

 

あ、いや、祈女(ユータ)にしろ祝女(ヌル)にしろやっている事は同じか。

 

祈女(ユータ)が民間業者で、祝女(ヌル)が官営みたいなものだっけ?

 

とすると、神女(カンヌ)って、どこに当てはまるんだ?

 

 

というか、それより何より…。

 

 

「それじゃぁ、クーは神女(カンヌ)になったのですか?」

 

 

マィンツはニッコリ笑って首を振った。

 

 

「いいえ。まだ、神様に気に入られたのかどうかがわかりませんから。」

 

「それじゃぁ、私は祈女(ユータ)なのですか?」

 

「それも、微妙ですね。強いて言うなら…神子(カンヌン)でしょうか?」

 

 

神子(カンヌン)?

 

ああ、神女(カンヌ)見習いだから神子(カンヌン)になるのか。

 

あれ?

 

 

「私が神子(カンヌン)の場合、シャナは何になるんですか?神子(カンヌン)見習いですか?」

 

「いいえ、クィンツ。神子(カンヌン)は神代(カヌ)られなければ、立てられませんから、シャナは見習いという事はありません。シャナはあくまで祝子(ヌルン)です。」

 

 

う〜ん。

 

なんか体系的に難しいなあ。

 

祝子(ヌルン)は祝女(ヌル)の助手(サポート役)だが、主(ウフヌ)や頭(ブリャ)に連なり、身内になる事で祝女(ヌル)になる。

 

逆に言えば主(ウフヌ)や頭(ブリャ)一族の嫁候補という側面がある。

 

もともと主(ウフヌ)や頭(ブリャ)の一族の者、特に妹なら、その時点で祝子(ヌルン)なのだけれど。

 

でも、そうした方策も最近の話しらしい。

 

 

もともとは全部祈女(ユータ)だ。

 

その時々で、祭りの司(つかさ)になった者を祝女(ヌル)と呼んでいたという。

 

祭りが終われば、祝女(ヌル)は祈女(ユータ)に戻る。

 

頭(ブリャ)や主(ウフヌ)の影響力が多岐にわたり、その妹とか身内が恒常的に祭りを司(つかさど)るようになったから、常設の祝女(ヌル)が生まれたのだ。

 

 

だから呼び方も役割も、そのうちまた変わるかもしれない。

 

それにマィンツだって「強いて言えば」とか言っていたぐらいなんだから、神子(カンヌン)なんて広く使われている言葉ではなさそうだ。

 

 

それで、ああ、そうそう。

 

 

「神女(カンヌ)というのは、祝女(ヌル)とも違うのですね?何が違うのですか?」

 

「祝女(ヌル)は頭(ブリャ)や主(ウフヌ)主催の祭祀を司(つかさど)りますが、神女(カンヌ)は祭祀そのものです。」

 

 

はい?

 

またややこしい説明だよ。

 

 

「祭祀そのもの?」

 

「普通、祭祀というのは聖別された場所で行われます。」

 

「御嶽(オン)とか?」

 

「そうですね。あとは、祈女(ユータ)は場合によっては祈りの場所を聖別して祭祀を行います。」

 

「個人とか家とかに関わる祭祀ですね。」

 

「そうです。それが普通。」

 

「神女(カンヌ)は違うのですか?」

 

「神女(カンヌ)は存在自体が聖別されていますから、どこでもいつでも祭祀が行えるのです。」

 

 

おおっと、それはチートじゃないか。

 

 

「と、聞いています。」

 

 

あれ?

 

 

「聞いている?」

 

「私は神女(カンヌ)にお会いした事がありません。」

 

 

マィンツは少し残念そうな顔をした。

 

祭祀に関しては何でも知っていそうなマィンツだけに、それはちょっとビックリだ。

 

 

「神女(カンヌ)ってそんなに珍しいのですか?」

 

「珍しいというか…神女(カンヌ)に至った人の話しを聞いた事がありません。」

 

「ええ?でも叔母様、先ほど、神代(カヌ)った示しだって…。」

 

「神代(カヌ)られる事はあります。祭祀の時などは私でもあります。」

 

「じゃあ、叔母様も神子(カンヌン)ですか?」

 

「そうではありません。ほとんどの場合、神代(カヌ)られても、神様はすぐ出て行かれてしまいますから。」

 

 

んんんん?

 

 

「それではクーからも神様はすぐ出て行かれたのでは?」

 

「神様が出て行かれたように感じますか?」

 

 

ええええ?

 

神代(カヌ)られたって自覚もないんだから、出て行ったかどうかわからないよ。

 

 

「大丈夫。あなたは神代(カヌ)られたままです。」

 

「何故わかるのですか?」

 

「何故なら、神垂(カンダー)れ前のあなたと、今のあなたとは、全然違うからです。」

 

 

ドッキーーーーンと心臓が高鳴った。

 

 

「クィンツ。もともとあなたは、クィンツ…つまりあなたの母親ですね。そのあなたの母親の血を濃く引いて、賢い子でした。でも、今のあなたは、まるで別人です。」

 

「…え、あ、その。」

 

「塩の事もそうならば、木綴(キトジ)の事もそうです。子供が思い至るモノではありません。」

 

「それは、その…。」

 

「神様のお告げなのでしょ?」

 

「え、はい。」

 

「神様のお告げを受けるのは、神代(カヌ)られている時だけです。」

 

 

そ、そうなのか。

 

 

「それに、喋り方、仕草。態度。とても4歳児とは思えません。あなたの話しぶりはまるで大人です。」

 

 

あ〜…う〜…中身がオッサンですから…。

 

 

「あなたと話していると、まるでソゥラヴィ様かそれ以上の知恵者と話しているようです。」

 

 

んん?

 

また出たよソゥラヴィ…。

 

 

「それでは叔母様、クーはまだ神代(カヌ)られていると?」

 

「そうです。」

 

 

そうかな?

 

私は違うと思う。

 

 

だって、私が以前のクィンツと違うのは、転生した私が目覚めたからだ。

 

塩の事も木綴(キトジ)の事も、神様のせいににはしたけれど、実際は関係ない。

 

前世の私が思いついた事だ。

 

 

光の塊にぶつかった夢見たいな記憶が、神代(カヌ)った示しだとしても、その神様はどこに行ったのだろう?

 

ぶつかった瞬間、去ってしまったのでは無いだろうか?

 

それとも、ぶつかったあの光は、前世の私の魂的なモノだった。という事だろうか?

 

私は私に打たれて神垂(カンダー)れたのだろうか?

 

 

だが、マィンツは私と一緒に神に打たれて神垂(カンダー)れと成った。

 

その神垂(カンダー)れが、前世の私の魂的なもののせいだとしたのなら、マィンツにも前世の私の影響、記憶とか?があっても良いはずだ。

 

だが、マィンツの様子からは、それはどうも無いらしい。

 

で、あるなら、神垂(カンダー)れまでは、神様的な影響はあったし、光にぶつかったのも神代(カヌ)った示しだったとしても、やっぱりぶつかった瞬間、去ってしまったと考えた方が合理的な気がする。

 

 

あれ?

 

 

神様的なものが私に影響を与えていないなら、私は神子(カンヌン)でも祝女(ヌル)でも、祈女(ユータ)でも無いんじゃないのか?

 

ただの、前の世界での、オッサンの記憶があるだけの幼女じゃないか?

 

それは、ちょっとばかり、まずいかも。

 

 

あ、いや。

 

祈女(ユータ)とか祝女(ヌル)とか、あまり期待してなかったからいいか。

 

 

…て、マィンツが空を舞っているのを見るまではだけれど。

 

あれを見たら…ちょっと期待したんだけれど。

 

 

う〜ん。

 

 

とにかく、マィンツの予想を裏切る形にはなるけれど、私は神子(カンヌン)ではないだろう。

 

つまり神女(カンヌ)になる事はない。

 

 

でも、神代(カヌ)っているって思われているのはどうしようか?

 

どこかで神様が出て行きました。とでも言えばいいか。

 

昔天才、今凡人見たいな事例は、いくらでもあるからね。

 

子供自体だは神代(カヌ)っていたけれど、大人になる前に普通に戻りましたと。

 

 

…ってわけにはいかなかった。

 

 

私には、大いなる野心があったのだ。

 

大人になっても、普通って訳にはいかない。

 

 

まあ、別方面で才能を発揮するって方向で調整するしかないようだが。