海賊帝国の女神〜26話目「やる気」〜/米田

ああ〜〜待て。

 

待て待て待て待て。

 

そうだった。

 

私はアーク・ハーティの娘だった。

 

つまり主(ウフヌ)の身内の女子であって祝女(ヌル)であった。

 

これは、別方面で才能を発揮するば良いとかいう以前の問題だ。

 

私は、才能があろうが無かろうが、祭祀を司(つかさど)らなければいけない立場であった。

 

 

一昨日の夜のマィンツの時のように、一種異常な多幸感を村人らに「与え」ないと、色々マズイ立場という事だ。

 

そして、その与え方によっては、村人らの捧げ物の多寡に、恐らく影響するだろう。

 

その時の祭りには影響しなくても、その次の祭り、また、その次と、村人らの供出量に響くのは必至だ。

 

多幸感をきっちり与えられないなら、捧げ物は減ると言う事だ。

 

それは、このアーク家、ひいては私の立場が悪くなるという意味だ。

 

 

それは…まずいな。

 

 

ん〜…。

 

だが…今の私は祝女(ヌル)では無い…のか?

 

今の私は神子(カンヌン)だった。

 

神子(カンヌン)なら、祝女(ヌル)的な事は免除されないだろうか?

 

 

「叔母様。私が神子(カンヌン)だとして、どうすればいいのですか?祝女(ヌル)的な事もしなければならないのでしょうか?」

 

「そうですね。」

 

 

マィンツは少し考えてから首を振った。

 

 

「…わかりません」

 

 

おおっと。

 

思いがけない回答。

 

 

でも…そうだよね。

 

 

そもそも神女(カンヌ)が何だかよくわからないんだから。

 

…いや、神女(カンヌ)は、どこでもいつでも祭祀が行える存在…だったか?

 

 

どこでもいつでも祭祀が行えるなら…祝女(ヌル)的な事も出来なくはないって事か。

 

 

祝女(ヌル)も祈女(ユータ)もやっている事に変わりはない。

 

規模が違うだけだ。

 

 

ただ祝女(ヌル)は祈女(ユータ)のように個人や家に関する事には普通は関わらないだけ。

 

出来ないって意味ではない。

 

それと同じか。

 

 

神子(カンヌン)もまた祝女(ヌル)のやる事は出来るし、アーク家には現状私しか祝女(ヌル)候補がいないのだから、私は神子(カンヌン)になろうとも、祝女(ヌル)の祭祀を行わねばならないだろう。

 

つまり、神子(カンヌン)だから免除なんてあり得ないって事だ。

 

 

困ったぞい。

 

 

「わからないですが、義兄様にはあなたしかいませんから、あなたが祭祀を司(つかさど)る事に変わりないでしょう。」

 

 

と、マィンツも同じ結論に達したらしい。

 

 

「とは言え、クィンツが全面的に祭祀を司(つかさど)るには、もう少し経験が必要でしょうね。」

 

「そ、そうです。叔母様。クーにはまだ荷が重いです。」

 

 

私の言葉にマィンツも頷いて、少し目を閉じ、何かを考えているようだった。

 

やがて、おもむろに目を開けると、私を見つめながら、マィンツは宣言する。

 

 

「…それでは…こうしましょう。次のナータ家の主催する祭りには、クィンツにも手伝ってもらいます。」

 

 

あっれ?

 

やぶ蛇?

 

 

「手伝いといえども、祭祀を司(つかさど)る経験を増やせば、早く独り立ち出来るでしょう。」

 

 

いや、独り立ちは早く無い方が良いような…。

 

 

さて、どうしたものか?

 

ナータ家主催の祭りで、マィンツを手伝うとなると…。

 

 

『実は私、神子(カンヌン)どころか、祈女(ユータ)の能力もロクにありません。』

 

 

て、バレてしまうだろう事は必至。

 

 

いや、バレた方がハーティとしては、早く対策が出来るから良いのか?

 

あれで、ハーティは柔軟性が高いから、村人対策は何とかするんじゃないのか?

 

例えば、ナータ家に報酬を払い続ける事になっても、損得考えて、今まで通りマィンツに祭祀をお願いするとか?

 

まぁ、その場合、報酬云々の問題だけでなく、ナータ家に頭が上がらない状態が続く事になる訳で、ハーティがそれを我慢出来るかどうか?というのがあるのだけれども。

 

 

一方その場合、私はどうなるのか?

 

早く嫁に出されるとか?

 

ナータ・フーズは、私を嫁に欲しがっていたんだっけ?

 

その場合、私の能力は関係ないのか?

 

可愛ければいいのか?

 

あるいは、能力がありそうな娘と交換とか?

 

と、いうか、マィンツに祭祀を引き続き行ってもらうための「報酬」が、私のフーズへの嫁入りとなったりして…。

 

 

…それは絶対にイヤだぞ!

 

 

そもそも、誰の嫁であろうと、それを絶対に回避するため、私はいち早く権力者にならなければならないのだ。

 

そのためには、能力ありません。などと言っている場合ではなかった。

 

何甘い事考えていたんだ?

 

この愚か者め!

 

 

能力が無ければ、高めればいい。

 

ああ、確か、祈女(ユータ)とか祝女(ヌル)の能力を高める方法があったはずだ。

 

 

えーとぉ…。

 

 

そうだ、御嶽(オン)巡りだ!

 

御嶽(オン)を巡れば『力が揚がる』とかマィンツは言っていた。

 

それで、マィンツの能力は高まって、空を飛び回れる程になれたのだった…よね?

 

だったら私も御嶽(オン)巡りをすればいいじゃないか!?

 

 

神様が私にぶつかった瞬間、どこかに去ってしまったのだというのなら、ひっ捕まえて、能力を絞り取ればいい!

 

そうして祭祀をつつがなく執り行い、村人らの供物量を拡大してやるのだ。

 

そのぐらいの気持ちがあってこそ、権力を求める者に必要なんじゃないのか?

 

『別方面で才能を発揮すれば』とか、逃げてどうする?

 

 

戦え私!

 

男なら戦うのだ。

 

そして私は、元々、男だろうが!

 

 

ふんぬと、私は鼻息荒く、拳を突き上げ、立ち上がっていた。

 

その様子をみてマィンツが笑い出す。

 

 

「あらあら、クィンツ、随分やる気ね」

 

「あ、これはその…。」

 

「やる気があるなら結構な事よ。少しでも早く祭祀を司(つかさど)れるようにおなりなさい。」

 

「はい。叔母様。それで相談なのですが。」

 

「何ですか?」

 

「ナータ家の祭祀を手伝うまで、御嶽(オン)巡りをしたいのですが、何か助言とかありますか?」

 

 

私の問いにマィンツは目を細めて

 

 

「それは良い考えだわ。」

 

 

と褒めてくれた。

 

それから、

 

 

「…ウォファム村やその周辺の御嶽(オン)を巡るなら、ガンシュ婆(バーバ)と一緒が良いでしょう。」

 

と、教えてくれる。

 

 

ガンシュ婆(バーバ)?…って、知ってる。

 

 

と、クィンツの記憶が教えてくれた。

 

例の「家内安全」とか「健康祈願」とかに唱える祈祷文を教えてくれた祈女(ユータ)だ。

 

 

小さくて、髪が白混じりのマダラで、肌が真っ黒で、顔がしわくちゃで、目付きがやたら鋭いおばさんだった。

 

クィンツには「怖い」というイメージしかない。

 

実際何かあったという訳でもなく、祈祷文を教えてくれた時も、淡々としたものだったのだが。

 

 

小さい子供は見た目だけで判断するからね。

 

 

「わかりました。クーはガンシュ婆(バーバ)と御嶽(オン)を巡ります。」

 

「少しでもあなたの力が揚がると良いですね。」

 

 

マィンツはニッコリして、私をホワンとさせてくれた。

 

私もつられてデヘヘと笑う。

 

 

いつしか外は雨が降っていた。

 

雷が遠くで「ゴロゴロ」鳴っているのも聞こえる。

 

 

あれ?ハヌが居ない。

 

寝所には私とマィンツだけが残っていた。