ジュジュ姐(ネーネ)の子供が生まれて数日が経った。
ハーティは主子(ウフヌン)らを連れて海に出た。
先日の祭りで集まった供物を持って、どこぞと商いをするためだ。
留守の家を守らせるため、コルセは残っている。
ティガがチュチュ姐(ネーネ)の代わりを、ニャクチャがチュチュ姐(ネーネ)と赤ん坊の面倒を見ているので、ウィーギィ爺(ジージ)は早々に私の守役に戻った。
なので、私はガンシュ婆(バーバ)の案内でウォファム村周辺にある御嶽(オン)を巡る事にした。
その日は、天気は良かったが雲が多かった。
私はウィーギィ爺(ジージ)の背中に負ぶさって、最初の御嶽(オン)に向かっている。
私の祝子(ヌルン)のシャナもいた。
御嶽(オン)には御嶽(オン)ごとの神様がいる。
祈女(ユータ)は御嶽(オン)を訪れたらその神様に合わせた祭祀を行わないと行けない。
祭祀といっても、この場合個人的なもので、ご挨拶みたいなものだ。
頭(ブリャ)や主(ウフヌ)が主催する村単位のようなものではない。
御嶽(オン)ごとの祈祷の言葉は、地元の祈女(ユータ)が覚え伝える役目を負っている。
私のように、御嶽(オン)巡りで訪れる、他の地域から来た祈女(ユータ)や祝女(ヌル)は、祈祷の言葉を覚える必要はない。
案内してくれる地元の祈女(ユータ)の唱える言葉を、一緒に唱和すれば良いだけだ。
それだけで御嶽(オン)の神様が恵んで下さり、祈女(ユータ)の力が揚がるという。
なお、大概の御嶽(オン)は祈祷だけで良いのだが、時にはそうでない御嶽(オン)もある。
例えば、イリキヤアマリ御嶽(オン)だ。
イリキヤアマリように奉納舞を捧げるタイプだと、地元の祈女(ユータ)が舞うように、歌いながら舞う必要があるから、御嶽(オン)巡りの対象としては、面倒な部類らしい。
まぁ、私はそこはクリアしているから問題ない。
今回向かうのは、ウシャギ御嶽(オン)だ。
ウォファム村ではイリキヤアマリ御嶽(オン)は、主(ウフヌ)が主催する祭祀の中心だけに、最も力があるが、ウシャギ御嶽(オン)はそれに次いで信仰されている。
祀られているのはアンナンという神様で、何でもタルフワイという神様の妹で、兄と二人で海を渡りエーシャギーク島に稲作をもたらしたらしい。
あと、水周りの神様で、雨乞いの祭祀はこの御嶽(オン)で行われるという。
伝承が具体的なので、歴史的事実なのかなと思わないでもない。
などと考えていると、周囲が暗くなっていた。
ああ、これは毎度のパターンだ。
私は自分の体を見る。
やっぱり光っていた。
見事に輝いているなあと感心していると、光はひょんと体を離れ、私の前に立つ。
以前と違い、かなり具体的な形をしている。
私だ。
私とそっくりな形で私の前に立っている。
「あなたは誰?」
最初に私が尋ねた。
「主こそ誰ぞ?」
光の私が逆質問だ。
「クーは…クーだよ…クィンツ。アーク・ハーティの娘のクィンツだよ。」
「はぁ?嘘つくでないぞ。」
「嘘?何が嘘?」
「それはこの体の事。主は誰ぞ?」
体?体はクィンツだが、中身のお前は誰か?という事らしい。
それは困ったなぁ。
説明が難しい。
いや、難しくもないか?
オッサンでーす。
で、イイのか?
それじゃダメか?
うむ。
ならば話しを誤魔化そう。
「あなたは…イリキヤアマリ?」
「そうじゃの。そうとも呼ばれている。」
「クーはあなたに気に入られたの?」
「気に入る?なんでそうなるんじゃ?」
「だって、あなた、私に神代(カヌ)っているのでしょ?」
光の私は、少し困ったような雰囲気になる。
「…確かに。我はいたずらに主に神代(カヌ)った」
「いたずらに?」
「主がクィンツとハーティの娘だったからの。マィンツを打った次いで、ちょいとした遊び心であった。」
マィンツと稽古中に神垂(カンダー)れとなった時の事を言っているのか?
「主の神性を覗いてみるだけのつもりであった。じゃが思いがけず主に囚われた。」
囚われた?
「我を囚えた主は誰ぞ?」
あっれーーー?
話しを誤魔化したはずだけれど、また戻ってしまったぞ〜。
てか、囚えたつもりなんか無いんだけれど。
「叔母様を打った時から私と一緒なら、どうして最近になって出てきたの?」
「我が神代(カヌ)った影響で、主の神力が一時的に失われたからじゃ。」
「あ、祭りの時、引揚(ヒュク)したから出て来られるようになったって事?」
「うむ。有り体に言えば、そうじゃ。」
「それでも、普段は出て来ないじゃない。」
「主が神力を使おうを思わねば、我に思いが至らぬからの。」
神力?
祈女(ユータ)として祭祀を行う事かな?
こないだはチュチュ姐(ネーネ)の出産後の清め的な祭祀を執り行おうとしたから出て来たって事?
「じゃあ今日は何?御嶽(オン)巡りの初日だから?」
「そうじゃ。」
あ、やっぱり。
「ウシャギの御嶽(オン)に向かっておるのじゃろ。アンナンにまでこの体で同居されるとなっては堪らん」
「クーがウシャギの神様も囚えてしまうって事?」
「我を囚えたのであるから、主はそうする。」
「クーには神様を囚える力があるのね?」
「実際我を囚えておるではないか?」
これは…すごく良い事を聞いたような気がする。
いや、気がするじゃなくて、間違いなく良い事を聞いた。
「クーは…あなたを囚えているの?」
「くどい。」
「それじゃぁ、仲良くしましょうよ。」
「何じゃと?」
「クーはあなたを囚えたつもりはないわ。あなたが勝手にここにいるの」
「はぁ?」
「クーの体に居るのであれば、その力はクーが…この体が…使わせてもらうわ。あなたと私は一つになるのよ」
「主は我を侵そうというのか?」
「一つの体に二つの自我は要らないわ。だから一つにするの。」
と、私は、私とそっくりな光に飛びかかる。
こういうのは先手必勝だ。
「や、やめい!な、何をするんじゃ?」
「どうせあなたは私から離れられないのでしょ?いつもあなたがクーにぶつかってくるんだから今回はクーがぶつかるね」
私は光の私に抱きつくと、思い切り力を込める。
「おのれ、それが主の本質か?それで我を囚えたのか!?」
「人の体にいたずらで入ってきた方が悪いのよ。自業自得だわ」
私に抱き締められて、光はグシャっと砕けた。
案外脆い。
砕けた光は飛び散ったかと思うと、逆走して私にぶつかってくる。
私は全てを受け止める。
「くくく。主が我を嫁にするというのなら、構わん。主の嫁になってやろう。」
おや?
イリキヤアマリの自我は消えないか。
まあ、あっちがぶつかって来たか、私がぶつかりに行ったかの違いだから、そう簡単には消えんわな。
でも、嫁って…。
囚われたとか言ってたやん。
「だが、我が主の第一の嫁じゃ。後から囚えた連中にデカイ顔はさせん。それだけは覚えておきや!」
ほとんど負け惜しみらしいセリフを吐いて、イリキヤアマリは消えた。
いや、黙ったというべきか?
周囲は明るさを取り戻し、私はウィーギィ爺(ジージ)の背中にいる。
「おや、クィンツ様、おしっこですか?」
私がモゾモゾしたものだから、ウィーギィ爺(ジージ)は気を利かせてくれる。
まあ、とりあえずしておいた方がいいよね。
私はウィーギィ爺(ジージ)に下ろしてもらい、草むらに入った。
「蛇に気をつけて下され!」
ウィーギィ爺(ジージ)が慌てて私の後を追いかけ、私がしゃがんだ周辺に杖をガサゴソ入れた。
バッタ以外は特に何も飛び出さなかったので、私に枯れ草の塊を渡して離れて行く。
私は用を足しながら、ちょっとトキメイテいた。
私には神を囚える力があるのだ!
これってすごいチートじゃないか!
想像以上のチートだ!
いやっほーーだ。
だが、安心するのは早い。
神にも意識がある。
どういう理屈かは知らないが、自我を持っている。
肉体がない、つまり脳みそが無いのに、どうやって自我を形成しているのかは分からないが。
ともかく、それが私の中に入っているという事は、私の自我と対立してこの肉体の争奪戦になるかもしれない。
だから、主導権を与えないため、私は咄嗟にイリキヤアマリに飛びかかったのだ。
今回、それはどうやら上手く行ったようだが、今後も上手くいくとは限らない。
だから喜んでばかりではなく、用心しないと行けないのだ。
私の自我より強い神が現れないようにだ。
ただし、私は一つ確信していた。
イリキヤアマリはそれなりに力を持つ神だ。
チュチュ姐(ネーネ)の出産祝いと産褥清めの時の力を見れば、明らかだ。
人としての私には、あんな力は全く無い。
ところが、私の中の対決では、てんで弱かった。
神のすごい能力は、私の中では使えないらしい。
言うなれば、素と素の対決だ。
それであるなら、この肉体の中では、私の方が有利だろう。
いわばホームなのだから。
もちろん用心に越した事はないが。
まぁ、とりあえず私はイリキヤアマリを手にしたのだ。
いや、もともと手にしていたのかもしれないけれど、明確に支配したというべきか?
喜ぶなという方がどうかしている。
草むらから戻るとウィーギィ爺(ジージ)が不思議そうに尋ねて来た。
「どうされたのですか?ニコニコされて…。」
ニコニコ?いや、おそらく「ニマニマ」という方が正しいだろう。
「んん?何でも無いよぉ。…ヒ・ミ・ツ。」
私は人差し指で口元を押さえて、片目を瞑った。
どうやら、その仕草は相当可愛かったらしい。
ウィーギィ爺(ジージ)だけでなく、シャナもガンシュ婆(バーバ)も真っ赤になって鼻の下を伸ばしている。
私自身が見られないのは残念なのだが…。
雲は多いが天気は良い日だった。
白い雲の隙間から見える空は、驚くほど青い。
うまい具合に日光は雲に遮られ、私の体調は悪くない。
気分も爽快である。
さぁて、それでは、ウシャギの御嶽(オン)に向かってGO!GO!だ。
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