海賊帝国の女神〜28話目「イリキヤアマリ」〜/米田

ジュジュ姐(ネーネ)の子供が生まれて数日が経った。

 

ハーティは主子(ウフヌン)らを連れて海に出た。

 

先日の祭りで集まった供物を持って、どこぞと商いをするためだ。

 

留守の家を守らせるため、コルセは残っている。

 

ティガがチュチュ姐(ネーネ)の代わりを、ニャクチャがチュチュ姐(ネーネ)と赤ん坊の面倒を見ているので、ウィーギィ爺(ジージ)は早々に私の守役に戻った。

 

なので、私はガンシュ婆(バーバ)の案内でウォファム村周辺にある御嶽(オン)を巡る事にした。

 

 

 

その日は、天気は良かったが雲が多かった。

 

私はウィーギィ爺(ジージ)の背中に負ぶさって、最初の御嶽(オン)に向かっている。

 

私の祝子(ヌルン)のシャナもいた。

 

 

御嶽(オン)には御嶽(オン)ごとの神様がいる。

 

祈女(ユータ)は御嶽(オン)を訪れたらその神様に合わせた祭祀を行わないと行けない。

 

祭祀といっても、この場合個人的なもので、ご挨拶みたいなものだ。

 

頭(ブリャ)や主(ウフヌ)が主催する村単位のようなものではない。

 

 

御嶽(オン)ごとの祈祷の言葉は、地元の祈女(ユータ)が覚え伝える役目を負っている。

 

私のように、御嶽(オン)巡りで訪れる、他の地域から来た祈女(ユータ)や祝女(ヌル)は、祈祷の言葉を覚える必要はない。

 

案内してくれる地元の祈女(ユータ)の唱える言葉を、一緒に唱和すれば良いだけだ。

 

それだけで御嶽(オン)の神様が恵んで下さり、祈女(ユータ)の力が揚がるという。

 

 

なお、大概の御嶽(オン)は祈祷だけで良いのだが、時にはそうでない御嶽(オン)もある。

 

例えば、イリキヤアマリ御嶽(オン)だ。

 

イリキヤアマリように奉納舞を捧げるタイプだと、地元の祈女(ユータ)が舞うように、歌いながら舞う必要があるから、御嶽(オン)巡りの対象としては、面倒な部類らしい。

 

まぁ、私はそこはクリアしているから問題ない。

 

 

今回向かうのは、ウシャギ御嶽(オン)だ。

 

ウォファム村ではイリキヤアマリ御嶽(オン)は、主(ウフヌ)が主催する祭祀の中心だけに、最も力があるが、ウシャギ御嶽(オン)はそれに次いで信仰されている。

 

祀られているのはアンナンという神様で、何でもタルフワイという神様の妹で、兄と二人で海を渡りエーシャギーク島に稲作をもたらしたらしい。

 

あと、水周りの神様で、雨乞いの祭祀はこの御嶽(オン)で行われるという。

 

伝承が具体的なので、歴史的事実なのかなと思わないでもない。

 

 

などと考えていると、周囲が暗くなっていた。

 

ああ、これは毎度のパターンだ。

 

私は自分の体を見る。

 

やっぱり光っていた。

 

見事に輝いているなあと感心していると、光はひょんと体を離れ、私の前に立つ。

 

以前と違い、かなり具体的な形をしている。

 

私だ。

 

私とそっくりな形で私の前に立っている。

 

 

「あなたは誰?」

 

 

最初に私が尋ねた。

 

 

「主こそ誰ぞ?」

 

 

光の私が逆質問だ。

 

 

「クーは…クーだよ…クィンツ。アーク・ハーティの娘のクィンツだよ。」

 

「はぁ?嘘つくでないぞ。」

 

「嘘?何が嘘?」

 

「それはこの体の事。主は誰ぞ?」

 

 

体?体はクィンツだが、中身のお前は誰か?という事らしい。

 

それは困ったなぁ。

 

説明が難しい。

 

いや、難しくもないか?

 

オッサンでーす。

 

で、イイのか?

 

それじゃダメか?

 

うむ。

 

ならば話しを誤魔化そう。

 

 

「あなたは…イリキヤアマリ?」

 

「そうじゃの。そうとも呼ばれている。」

 

「クーはあなたに気に入られたの?」

 

「気に入る?なんでそうなるんじゃ?」

 

「だって、あなた、私に神代(カヌ)っているのでしょ?」

 

 

光の私は、少し困ったような雰囲気になる。

 

 

「…確かに。我はいたずらに主に神代(カヌ)った」

 

「いたずらに?」

 

「主がクィンツとハーティの娘だったからの。マィンツを打った次いで、ちょいとした遊び心であった。」

 

 

マィンツと稽古中に神垂(カンダー)れとなった時の事を言っているのか?

 

 

「主の神性を覗いてみるだけのつもりであった。じゃが思いがけず主に囚われた。」

 

 

囚われた?

 

 

「我を囚えた主は誰ぞ?」

 

 

あっれーーー?

 

話しを誤魔化したはずだけれど、また戻ってしまったぞ〜。

 

てか、囚えたつもりなんか無いんだけれど。

 

 

「叔母様を打った時から私と一緒なら、どうして最近になって出てきたの?」

 

「我が神代(カヌ)った影響で、主の神力が一時的に失われたからじゃ。」

 

「あ、祭りの時、引揚(ヒュク)したから出て来られるようになったって事?」

 

「うむ。有り体に言えば、そうじゃ。」

 

「それでも、普段は出て来ないじゃない。」

 

「主が神力を使おうを思わねば、我に思いが至らぬからの。」

 

 

神力?

 

祈女(ユータ)として祭祀を行う事かな?

 

こないだはチュチュ姐(ネーネ)の出産後の清め的な祭祀を執り行おうとしたから出て来たって事?

 

 

「じゃあ今日は何?御嶽(オン)巡りの初日だから?」

 

「そうじゃ。」

 

 

あ、やっぱり。

 

 

「ウシャギの御嶽(オン)に向かっておるのじゃろ。アンナンにまでこの体で同居されるとなっては堪らん」

 

「クーがウシャギの神様も囚えてしまうって事?」

 

「我を囚えたのであるから、主はそうする。」

 

「クーには神様を囚える力があるのね?」

 

「実際我を囚えておるではないか?」

 

 

これは…すごく良い事を聞いたような気がする。

 

いや、気がするじゃなくて、間違いなく良い事を聞いた。

 

 

「クーは…あなたを囚えているの?」

 

「くどい。」

 

「それじゃぁ、仲良くしましょうよ。」

 

「何じゃと?」

 

「クーはあなたを囚えたつもりはないわ。あなたが勝手にここにいるの」

 

「はぁ?」

 

「クーの体に居るのであれば、その力はクーが…この体が…使わせてもらうわ。あなたと私は一つになるのよ」

 

「主は我を侵そうというのか?」

 

「一つの体に二つの自我は要らないわ。だから一つにするの。」

 

 

と、私は、私とそっくりな光に飛びかかる。

 

こういうのは先手必勝だ。

 

 

「や、やめい!な、何をするんじゃ?」

 

「どうせあなたは私から離れられないのでしょ?いつもあなたがクーにぶつかってくるんだから今回はクーがぶつかるね」

 

 

私は光の私に抱きつくと、思い切り力を込める。

 

 

「おのれ、それが主の本質か?それで我を囚えたのか!?」

 

「人の体にいたずらで入ってきた方が悪いのよ。自業自得だわ」

 

 

私に抱き締められて、光はグシャっと砕けた。

 

案外脆い。

 

砕けた光は飛び散ったかと思うと、逆走して私にぶつかってくる。

 

私は全てを受け止める。

 

 

「くくく。主が我を嫁にするというのなら、構わん。主の嫁になってやろう。」

 

 

おや?

 

イリキヤアマリの自我は消えないか。

 

まあ、あっちがぶつかって来たか、私がぶつかりに行ったかの違いだから、そう簡単には消えんわな。

 

でも、嫁って…。

 

囚われたとか言ってたやん。

 

 

「だが、我が主の第一の嫁じゃ。後から囚えた連中にデカイ顔はさせん。それだけは覚えておきや!」

 

 

ほとんど負け惜しみらしいセリフを吐いて、イリキヤアマリは消えた。

 

いや、黙ったというべきか?

 

周囲は明るさを取り戻し、私はウィーギィ爺(ジージ)の背中にいる。

 

 

「おや、クィンツ様、おしっこですか?」

 

 

私がモゾモゾしたものだから、ウィーギィ爺(ジージ)は気を利かせてくれる。

 

まあ、とりあえずしておいた方がいいよね。

 

私はウィーギィ爺(ジージ)に下ろしてもらい、草むらに入った。

 

 

「蛇に気をつけて下され!」

 

 

ウィーギィ爺(ジージ)が慌てて私の後を追いかけ、私がしゃがんだ周辺に杖をガサゴソ入れた。

 

バッタ以外は特に何も飛び出さなかったので、私に枯れ草の塊を渡して離れて行く。

 

私は用を足しながら、ちょっとトキメイテいた。

 

 

私には神を囚える力があるのだ!

 

これってすごいチートじゃないか!

 

想像以上のチートだ!

 

いやっほーーだ。

 

 

だが、安心するのは早い。

 

神にも意識がある。

 

どういう理屈かは知らないが、自我を持っている。

 

肉体がない、つまり脳みそが無いのに、どうやって自我を形成しているのかは分からないが。

 

ともかく、それが私の中に入っているという事は、私の自我と対立してこの肉体の争奪戦になるかもしれない。

 

だから、主導権を与えないため、私は咄嗟にイリキヤアマリに飛びかかったのだ。

 

今回、それはどうやら上手く行ったようだが、今後も上手くいくとは限らない。

 

だから喜んでばかりではなく、用心しないと行けないのだ。

 

私の自我より強い神が現れないようにだ。

 

 

ただし、私は一つ確信していた。

 

イリキヤアマリはそれなりに力を持つ神だ。

 

チュチュ姐(ネーネ)の出産祝いと産褥清めの時の力を見れば、明らかだ。

 

人としての私には、あんな力は全く無い。

 

ところが、私の中の対決では、てんで弱かった。

 

神のすごい能力は、私の中では使えないらしい。

 

言うなれば、素と素の対決だ。

 

それであるなら、この肉体の中では、私の方が有利だろう。

 

いわばホームなのだから。

 

もちろん用心に越した事はないが。

 

 

まぁ、とりあえず私はイリキヤアマリを手にしたのだ。

 

いや、もともと手にしていたのかもしれないけれど、明確に支配したというべきか?

 

喜ぶなという方がどうかしている。

 

 

草むらから戻るとウィーギィ爺(ジージ)が不思議そうに尋ねて来た。

 

 

「どうされたのですか?ニコニコされて…。」

 

 

ニコニコ?いや、おそらく「ニマニマ」という方が正しいだろう。

 

 

「んん?何でも無いよぉ。…ヒ・ミ・ツ。」

 

 

私は人差し指で口元を押さえて、片目を瞑った。

 

どうやら、その仕草は相当可愛かったらしい。

 

ウィーギィ爺(ジージ)だけでなく、シャナもガンシュ婆(バーバ)も真っ赤になって鼻の下を伸ばしている。

 

私自身が見られないのは残念なのだが…。

 

 

 

雲は多いが天気は良い日だった。

 

白い雲の隙間から見える空は、驚くほど青い。

 

うまい具合に日光は雲に遮られ、私の体調は悪くない。

 

気分も爽快である。

 

さぁて、それでは、ウシャギの御嶽(オン)に向かってGO!GO!だ。