海賊帝国の女神〜32話目「駆除計画」〜/米田

 

さて、ちょっと異世界冒険者みたいな事をしましょうかね。

 

 

私は、祈女(ユータ)として、村の家々を回っているわけだが、時々相談されるのが、害獣被害だ。

 

 

田畠を荒らす害獣(モンスター)を、どうにかして欲しいと頼まれる。

 

 

これには少なからずの村人が被害を出しているわけだが、何せ村人らは忙しい。

 

普段の生活だけでも、水汲み、洗濯、水撒き、作物成長状態の確認、次の作物作りの準備、収穫した作物の脱穀、加工、雑草取り、草刈り、薪拾い、薪加工、糸紡ぎ、反物作り、飯作り、土コネ、食器のそ焼き、食事の支度、赤ん坊の世話、雑貨物作成…などなどなど、やる事はイッパイだ。

 

害獣(モンスター)に対しては、相当な被害が出れば、本格的に動くだろうが、少々の被害では、泣き寝入りする。

 

なので、私あたりに相談が回ってくるわけだけれど、私にしても、今までは、大した事が出来なかった。

 

人間の匂いを警戒するケダモノの習性を勘案して、田畠の周辺に、人間の匂いを強烈化する、見えない結界を張るのがせいぜいだった。

 

まぁ、それでも、少しは被害を抑えられたらしいけれど。

 

とは言え、結局は、結界のない田畠に被害が移るたけだった。

 

 

だが、今回は20名の手勢を得たワケで、やれる範囲が増えた。

 

ならば、この際、害獣(モンスター)にはお引き取り願おう。

 

つまり、駆除してやる事にした。

 

言い換えれば駆逐だ。

 

元いた世界風の言い方をすれば「駆逐してヤルゥううううう!」だ。

 

さすれば、我が手勢に『見込み』がある事など、ハーティにはすぐ理解してもらえるだろう。

 

 

 

とは言え、季節的に夏の収穫時だったので、すぐ行動は起こさなかった。

 

村中が刈り入れに忙しい時だからだ。

 

なので、その間は子供たちも親元に戻して家の仕事を手伝わせた。

 

 

で、刈り入れが終われば、次はイリキヤアマリ神の祭りだ。

 

今度は祭りの支度が忙しい。

 

 

そして祭りなのだが、この時は私も、慣れて油断しまった為か、力の制御を間違えて、御嶽(オン)に集った女たちをほぼ全員失神させてしまった。

 

やべー、やべー、やり過ぎ、やり過ぎ。

 

失神から立ち直った女たちは、皆一様に体を抱きしめ、震えながら御庭に出て行き、パートナーたちに介助されながら帰って行った。

 

その様子を見ていた主子(ウフヌン)の中では影が最も薄いクゥトが

 

 

「来年は、赤子も大豊作ですな」

 

 

とか呟いていたのが、印象的だった。

 

まぁ、それなら、それでいいか。

 

 

それで、祭りが終われば、今度は種まきだ。

 

これまた村人らは、一家総出で…って…うむ。

 

 

流石にキリがないので、この頃から動き出す事にする。

 

まず、ウィーギィ爺(ジージ)に声を掛ける。

 

 

「爺(ジージ)は、田畠を荒らす害獣(モンスター)について何か知ってる?」

 

 

寝所のゴザに寝転びながら、大きな葉っぱを団扇のようにして仰いでくれるウィーギィ爺(ジージ)に問いかける。

 

エーシャギークは南の島だから、いつまで経っても暑いのだ。

 

ちなみに時間があれば、頭の方を祝子(ヌルン)のシャナが扇いでいる。

 

 

「もんすたあ?ですか?」

 

「ケダモノの事よ。田畠の作物を荒らすヤツ。」

 

 

私の説明に、ウィーギィ爺(ジージ)はヒゲを撫でながら「ああ」とうなずいた。

 

 

「イーノ…の事ですかな?」

 

「イーノ?」

 

 

ウィーギィ爺(ジージ)の説明によると、イーノは、3、4歳児ぐらいの大きさで、全身薄い毛に覆われた四つ足の獣(モンスター)らしい。

 

あんまり大きくないなぁと思ったのだが、舐めてかかると、猛烈な勢いで体当たりしてくるので、大怪我をするのだそうだ。

 

 

「数匹の群れで行動するので、一匹を仕留めようとすると、近くに潜む他のイーノに襲われるのだそうです。」

 

 

と、ウィーギィ爺(ジージ)。

 

やっぱり何でも詳しい。

 

にしても、なるほど、それは少々厄介ではある。

 

 

「爺(ジージ)はどこからそれを聞いたの?」

 

「祭りの夜に村人らと会話したのですよ。」

 

「ふ〜ん。」

 

 

御嶽(オン)の手前、御庭で女たちを待つ男たちは、そんなやり取りをしているのか。

 

まぁ、普段、村人全体が集まって情報交換するような場はないからねぇ。

 

 

「その、イーノの獲り方に詳しい人とか、村にいるの?」

 

「どうでしょう…何匹か仕留めたとか、自慢している人はいたようですが…。」

 

「それじゃあ、イーノを獲るのに詳しい人を探して、詳しい獲り方を聞いて来て。」

 

「え?私めがですか?」

 

「うん。教えてくれた人には、お礼に、父様から頂いた、アワ、キビ、ヒエ、各一升を渡すわ。」

 

 

情報料である。

 

 

私の特命を受けたウィーギィ爺(ジージ)は翌日から留守となった。

 

その間、寝所で寝転がる私を扇いでくれたのは祝子(ヌルン)のシャナだ。

 

なんだか嬉しそうにせっせと扇いでくれた。

 

 

ウィーギィ爺(ジージ)がいなくなった後、暇な私は木綴じを眺め、時々気が付いた事を書き込む。

 

と言っても、この頃の私はこの世界の文字をまだ覚えていないので、前の世界の文字で書き込みをしていたのだ。

 

そんなこんなで溜まった木綴(キトジ)は、かれこれ5綴りはあるだろうか。

 

私の分とは別にウィーギィ爺(ジージ)もメモを取っており、なんでも私に関する日報らしいのだけれど、そっちの方は10綴りとなって溜まっている。

 

こちらの木綴(キトジ)はウィーギィ爺(ジージ)が薪として集められた木々から、直接削り出して作ったものだ。

 

だから、ハーティがくれた木綴(キトジ)よりは、どこか不恰好で、歪(いびつ)なのだけれども、私のために木綴(キトジ)を作ってまで記録を残してくれるウィーギィ爺(ジージ)に、私は結構感謝している。

 

 

最近は、シャナに文字の手ほどきもしているらしい。

 

私にもして頂きたいものだが。

 

 

そして数日もすると、ウィーギィ爺(ジージ)はイーノの獲り方を聞いて戻って来た。

 

 

「クィンツ様、イーノを獲るには、まず、丈夫な縄を綯(な)うのだそうです。」

 

「縄を?」

 

 

寝所で寝転がる私は、数日ぶりにウィーギィ爺(ジージ)に煽られながら報告を聞く。

 

 

「はい。次に、それの片方の端を、引くと閉まる形の輪にするのだそうです。」

 

 

ん?

 

カウボーイの縄投げ見たいに使うのだろうか?

 

 

「それで?」

 

「もう片方の端は、太い木の幹に括り付けておくのだそうです。」

 

「木に括り付ける?」

 

「はい。そして、残りを適当に伸ばして放置するのだそうです。」

 

「え?放置するの?…罠かしら?」

 

「そういうものを森のあちこちに仕掛けていくそうです。」

 

 

私の疑問をウィーギィ爺(ジージ)は、なんだか無視して話しを続けた。

 

 

「森のあちこちに?」

 

「はい。それから、先が別れた枝を用意するそうです。」

 

 

先の別れた枝?

 

Y字型ということか?

 

 

「んんん?」

 

「その別れた枝の先っぽに引っかかりを作っておきまして、また、枝に継ぎ枝をして長く伸ばして置くそうです。」

 

「ふんふん。」

 

「それで、その先の別れた枝を持ち、森の見回りをするそうです。」

 

 

先がY字に別れた長い棒を持った男が、ジャングルの中を歩き廻る姿が私の脳内にイメージされた。

 

ウィーギィ爺(ジージ)は話しを続ける。

 

 

「そうしまして、森の中でイーノを見つけましたら、近くの木に登るのだそうです。」

 

「木に登る?」

 

「はい。そして木の上から、枝を下ろまして、先ほど申した、森のあちこちに隠しておいた縄の先、輪にした方を引き上げるのだそうです。」

 

「縄を引き上げる?」

 

「はい。こんな感じに。」

 

 

と、ウィーギィ爺(ジージ)は、右手の人差し指と親指でOの字をつくり、左手の人差し指と中指をV字にして曲げ、Oの字側を引っ掛け、引き上げるような仕草をした。

 

 

「こんな風に、先が別れた枝で輪の部分を引き上げてぶら下げるそうです。」

 

 

木の上から、男が、先がY字状になった棒をおろし、地面に隠された綱の、輪になった部分を引っ掛け引き上げる風景が頭に浮かぶ。

 

 

「う〜ん。なんとなくわかったけれど…つづけて」

 

「はい。イーノという獣は、常に下ばかり見ているので、その輪にした部分を鼻先にぶら下げると、首を通して、ややもすると気がつかないのだそうです。」

 

 

ああ。

 

と、私は納得した。

 

先がY字となった棒というのは、輪にした部分が閉じないよう、広げた状態で引き上げるためのモノか。

 

それで、広がった輪っかを、イーノというケダモノの頭を通す…と。

 

 

「本当に?」

 

 

そんな間抜けなケダモノなのか?

 

 

「はい。それで、うまいこと輪に頭が首まで通ったら、木の上に居たまま大きな音を立てるのだそうです。」

 

「音を?何故?」

 

「そこでイーノはびっくりして前に走るので、首にかかった輪が、ギュっと閉められるのだそうです。縄の端は木の幹に括り付けられているので、逃げられません。」

 

「あ、つまり、縄を引っ張る必要もないし、縄を掛けた人は木の上に居るから安全て事ね。」

 

「左様でございます。」

 

 

成る程ねと、私は感心する。

 

聞けるものはキチンと聞いておくものだ。

 

だが、このやり方は、そのまま私たちが使えるとは思えない。

 

 

私は日を改めて子供たちを集合させると、田畠を荒らすイーノの駆除をする事、また、実際に行われているイーノの獲り方について、ウィーギィ爺(ジージ)の聞いて来た話しを皆に伝える。

 

それから、彼らの意見を聞く。

 

 

「どう?このやり方は、私たちでも出来ると思う?」

 

 

私の可愛い親衛隊員たちは、お互いの顔を見合わせると、恐る恐る口を開く。

 

 

「出来ると思います。」

 

 

口では「YES」だが、顔は「NO」と言っている。

 

正直じゃないなぁ。

 

仕方がないから私は言う。

 

 

「そうね。出来ると思うわ。」

 

 

子供達はゴクリと唾を飲み込んだ。

 

私は言葉を続けた。

 

 

「でも、もっと簡単な方法をやろう!」